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【呪術廻戦/五条悟R18】魔女は花冠を抱いて眠る

第14章 「その花は、誰のために咲く」


「……スーツに、犬の毛が……ついてたので……」

 

我ながら、苦しい言い訳だったかもしれない。
彼は、不思議そうな顔のまま自分のスーツに視線を落とした。


軽く手で払うようにして、袖や胸元を見まわす。
 


「……ああ、ほんとだ。気づかなかったな」



そう言いながら、彼は小さく笑った。
けれどその笑顔の奥に、まだ微かに滲む寂しさが見えた気がして――
何も言えずに、ただ見つめ返すことしかできなかった。

 

「……ありがとうございました、助かりました」

 

そうして彼は頭を下げると、書類を胸に抱えて足早に去っていった。
 

その背中を見送りながら、わたしは――
まだ、自分の指先がわずかに震えていることに気づいていた。


(……今のは、幻覚なんかじゃない)


胸に残る、犬の温度や匂い。
知らないはずの犬の、あの柔らかい毛並みまでもが、
まだ手のひらに残っている気がした。


(……わたし、あの人の……記憶を、見たの……?)


あれは、ただの映像ではなかった。
その人の中にあった、どうしようもない寂しさや、
静かに沁みついた痛みまで――


わたしの内側に、染み込んでくるような…… 
まるで、水面に墨が広がるように。


(……他人の記憶に触れて、その想いまで……)


吸い込んでしまったの?


ぞくり、と背中に震えが走る。
何が怖いのかも、もうわからない。


気づけば、視界が滲んでいた。
頬を伝った雫を、指先ですくい上げる。



今どうして泣いているんだろう。


わたしの心が泣いているの?


それとも――







……彼の心が、わたしの中で泣いているんだろうか。
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