第14章 「その花は、誰のために咲く」
「ほんとすみません! 助かりました!」
補助監督が立ち上がり、書類を整えながら頭を下げる。
そのまま立ち去ろうとした背中に、思わず声をかけていた。
「あ、あの……っ」
彼が立ち止まる。
「……白い犬、飼ってましたか?」
確信があったわけじゃない。
でも、訊かずにはいられなかった。
彼は、少し驚いたように目を瞬かせたあと、
ふっと表情をやわらげて笑った。
「……はい。秋田犬なんですけど――」
そう言いながら、彼はスマホをポケットから取り出す。
画面に表示されたのは、一匹の白い犬の写真。
まさに、さっき見えたあの映像の中の犬だった。
芝生の上で尻尾を振っている、あの、白い犬。
「……先日、亡くなったばかりなんです。
老衰なんで、仕方ないんですけど……物心ついた時からずっと一緒だったんで……胸にぽっかり、穴が空いたみたいで……」
彼の声は笑っていたけれど、少しだけ寂しそうだった。
その響きが、胸の奥にじわりと染みこんでくる。
ペットなんて飼ったこともないはずなのに。
それでも、この人のあたたかさの記憶と、
それを失った寂しさが、まるでわたしの中にも芽吹いてしまったかのようだった。
彼は手に持っていたスマホをポケットに戻すと、スーツの袖で目元をぬぐった。
無理に笑うように、少しだけ唇の端を上げる。
「……って、なんでわかったんですか?」
不意にそう尋ねられて、一瞬言葉に詰まった。
「っ、あ……いや……」