第19章 「夢に還らぬひと」
母親の目が、ゆっくりと細められた。
「私はもう一度娘に会いたかった。……そんな時、目の前に放り出されたロープが黒かろうが、白かろうが、腐っていようが、……掴んでしまうのが人間でしょ。」
の胸が、締め付けられる。
(この人は……“掴んでしまった”んだ。癒えない喪失の果てに、――道を踏み外した)
でも、それでも――
は、まっすぐに母親を見た。
「……こんなかたちで、“戻ってくる”ことを……
娘さんは、本当に望んだんでしょうか?」
母親の目が、ふと、微かに揺れた。
けれど――
「それは、あなたの“正しさ”でしょ?私の“幸せ”とは、違うのよ」
そう言って、母親はゆっくりと立ち上がった。
「しばらく、そこで大人しくしていてちょうだいね。……この子に、あなたを嫌いになってほしくないの」
その言葉に、は目を見開いたまま、強く唇を噛みしめた。
「……拘束を、解いてください」
静かな声だった。
けれど、その声には確かな意思が宿っていた。
母親はふと振り返り、目を細めて微笑んだ。
「ごめんなさい。それは、できないわ」
「私は、あなたの敵じゃない。娘さんのことも、できる限り穏やかに――」
「だからこそ、ダメなの」
母親は、まるで優しさのベールで残酷さを包み隠すように言う。
「あなたの“正しさ”は、きっとこの子を否定してしまうから……
だったら、せめて好きなままでいてほしいのよ。ね?」
それは、狂気にも似た――切実な愛情の形だった。
その時、暗がりの中で、娘がぴくりと反応する。
かすかに首を傾げる仕草。
何かを感じ取ったように、顔をへ向け直す。
そして、ゆっくりと――
その小さな手が、の胸元へと伸びてきた。
触れた瞬間だった。
「――ッあ……!」
の体が、びくんと跳ねた。
内側で、何かが暴れだす。
心臓でも、呼吸でもない。
もっと深く、もっと根源にある“何か”が、掻き乱されていた。
(これ……私の、“魔導”?)