第13章 「咲いて、散って、また咲いて**」
理屈じゃない。
本能のどこかが、はっきりと叫んでいた。
――この人に、近づいちゃいけない。
そう思った、その瞬間だった。
ポケットの中で、ブルッ……と震える感触があった。
反射的に手を伸ばし、ポケットからスマホを取り出す。
画面には――
先生の名前。
(……先生……)
ホッとしたのも束の間、顔を上げたその時だった。
(……えっ……)
さっきまで、目の前にいたはずのあの男の姿が、
まるで霧のように、跡形もなく消えていた。
さっきまで、すぐそこにいたはずなのに。
(……どこ、行ったの?)
さっき触れられた頬が、うっすらと冷たい。
現実感が、曖昧になる。
(……幽霊……? そんなわけ、ない……)
スマホの画面は、まだ着信中のまま灯っていた。
そっと通話ボタンを押した。
耳にあてた瞬間――
『……?』
私の好きな低い声だった。
優しくて、少しだけ心配そうで。
その声を聞いた瞬間、呼吸がやっと落ち着いた。
でも。
それでも、わたしの耳にはまだ、
あの男の囁きが、微かに残っていた。
名前を呼ばれたあの感覚。
初めて聞いたはずの、あの名前。
なのに、どこか懐かしくて、
それ以上に、恐ろしかった。
風がやさしく吹き抜ける。
目の前の、あの白い花が――
ひらひらと、まるで呼吸するみたいに揺れていた。
……まるで、見ていたように。
わたしと、あの男とのすべてを。
その奥底の感情さえ、見透かしていたような気がして
息を飲む。
――諏訪烈
耳の奥に残った声が、静かに何度も反響していた。
その名が、何を意味するのか。
まだ、わたしは知らなかった。
この出会いが、どれほど深い“呪い”を孕んでいたのかを――