第13章 「咲いて、散って、また咲いて**」
玄関から外に出ると、朝よりも少しだけ空が高くなっていた。
夏の気配を含んだ風が、ゆるやかに頬を撫でていく。
五条家の屋敷は、広々としていて、手入れの行き届いた庭と石畳の小道が続いていた。
わたしは、その小道を歩きながら、ふと足を止める。
(……そういえば)
朝方、まぶたの裏に浮かんだ、あの光景。
――鉄柵にもたれて、並ぶふたりの青年。
(あれは……高専時代の先生……?)
でも私は先生の昔のことなんて、何も知らない。
見たことも、聞いたこともない。
なのに――
(……どうして、あんな映像が浮かんだんだろう)
ただの夢?幻覚?
でも、幻覚にしては鮮明すぎた。
風の匂いも、笑い声までもが、
今も耳の奥に残っているような気がする。
(先生の実家で、先生と寝てたから……?)
そんな都合のいい理由を探してみても、答えにはならなかった。
考えながら歩いていると、いつの間にか庭を抜けて小道の先に入っていた。
気づけば、左右には高い木々が並び、
背後の景色は、見覚えのない緑に変わっていた。
敷地は思っていたよりずっと広く、目印になる建物もない。
(……あれ? ここどこ?)
少し戻ろうと振り返ってみたけれど、どの道から来たのかさえ曖昧になっていた。
(……まさか、迷った?)
ひとり、ぽつんと立ち尽くす。
木々のざわめきに混じって、かすかに蝉の声が遠ざかっていく。
屋敷の人を呼ぼうにも、声をかけられそうな人の気配すらない。
(どうしよう……)
視線を彷徨わせていると――
ふと、視界の端に白い小さな花が咲いていた。
どこかで見たような気がした。
ひらひらと風に揺れる、小さな花弁。
細い茎に、まるで光を受けて浮かび上がるように咲いている。
(……この花、たしか……)
悠蓮の夢の中で、いつも咲いていた――
あの白い花と、よく似ている。
引き寄せられるように、一歩ずつ足を踏み出す。
近づくたびに、花のまわりの空気がやけに澄んでいる気がした。
音も、風も、まるで遠くへ引いていくように。
伸ばした手が、白い花に触れそうになったとき――