第12章 「極蓮の魔女」
「……怖かったら、ちゃんと言って?」
その声が、思っていたよりずっと優しくて、
わたしは、何も言えなくなった。
(……怖い、けど)
(それより――先生の手、あったかい……)
胸の奥で、なにかが音を立ててほどけていく気がした。
先生の指先が、顎のラインをなぞるように滑り――
わたしの顔を、そっと上向かせた。
先生の顔が、近づいてくる。
視界いっぱいに、彼の蒼が広がる。
(……っ)
わたしは、思わずぎゅっと目を瞑った。
心臓の音が耳に響いて、全身がこわばる。
けれど――
(……あれ?)
……何も、起こらなかった。
そっと、目を開けると
先生はすぐ傍でやさしく笑っていた。
「……ごめん。まだ早かったね」
先生の声は、どこまでもやわらかくて。
そして、自分を責めるようでもあった。
わたしの頭に触れた手が、髪を梳き
額に、そっと唇が落ちる。
「……寝よっか」
そう言って、わたしから離れようとした。
(……また……)
(また、先生を……呆れさせちゃった)
わたしは目を伏せる。
胸の奥に後悔が広がる。
せっかく、こんなふうに優しくしてくれて。
怖くないように、少しずつ、ちゃんと時間をかけてくれて。
それなのに――
わたしは、また踏み出せなかった。
(……先生は、優しいから。ちゃんと待ってくれるって、わかってるけど……)
(でも、いつも“待たせてばっかり”……)
わたしのせいで、先生に我慢させてるんじゃないかって。
そう思ったら、喉の奥がきゅうっと痛くなった。
気づけば、手が動いていた。
先生の浴衣の裾を、そっと――
けれど、確かに掴んでいた。
布団の間の、わずかな距離。
掴んだ浴衣越しに、先生の体温が伝わってくる。
言葉にはできなかった。
けれど、指先が語っていた。
先生は動きを止めたまま、こちらを振り返る。
「……?」
その声が、いつもより少し低くて。
それでも、どこまでも優しかった。