第12章 「極蓮の魔女」
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脱衣所のカゴの中に、丁寧に畳まれた浴衣が置かれていた。
淡い藤色の浴衣。
刺繍の入った帯まで、すべて揃っている。
浴衣に袖を通すと、さらりとした生地が肌に心地よかった。
鏡の前で、髪をタオルドライしてから、置いてあったドライヤーで丁寧に乾かす。
くしで整えて、深呼吸。
視線を、脱衣所の扉へと向けた。
その前に立つと――
胸が、どくん、とひとつ跳ねた。
(これを開けたら……先生が、待ってる)
(わたし、どんな顔すればいいの……?)
(……っ、だめだ、考えすぎ。こんなとこでウジウジしてても、しょうがない……!)
鼓動の音に背中を押されるようにして、わたしは扉に手をかける。
(……なんとかなれーっ!!)
勢いよく、戸を引いた。
「あれ……?」
部屋には、誰もいなかった。
思わずその場で立ち尽くす。
間接照明の灯る畳の間。
並んだ布団は、さっきと同じように整えられたまま。
でも、そこにいるはずの人の気配だけが、ぽっかりと抜け落ちていた。
(……いない? どこ行ったんだろ……?)
きょろきょろと室内を見渡す。
けれど、先生の姿はどこにもない。
(……先生もお風呂、入りに行ってるのかな)
静まり返った室内に、自分の鼓動だけが微かに響く。
荷物のもとへ戻り、さっきまで着ていた服を畳んで、
旅行バッグの中にしまう。
その動作だけで、なぜか少し落ち着いたような気がした。
けれど――
布団の前に立った瞬間、また胸がざわついた。
(……どうやって、待ってればいいの?)
(布団の中、入っちゃう? 寝て待ってる? それとも、座って……?)
(世の中のカップルって、こういう時どうしてるの……!?)
思わず頭を抱えたくなった。
(……無理。無理すぎる)
顔から火が出そうなほど恥ずかしくて、でも、逃げ場もない。
(こ、こんなときこそ、文明の力!!)