第12章 「極蓮の魔女」
わたしは、立ち上がる。
書庫の中に漂う空気を、意識のすべてで探るように――
(……どこから?)
空気をかすめるように、ふわりと香りが通り過ぎる。
鼻先を追って、足が自然と動いた。
「?」
背後で先生の声がする。
けれど振り返らず、書架のあいだを進んだ。
手探りで、目に見えぬ“気配”を追いかけていく。
そして――
書庫の奥、壁際の低い書棚の前で、ふと足が止まった。
匂いが、そこでふっと強くなった気がした。
「……この辺、だ……」
小さく呟きながら、その棚に視線を這わせる。
書棚の下部、埃をかぶった古い木板の隙間――
(……なんだろう、これ)
目を凝らすと、板の奥にわずかな段差が見えた。
木目と同化するように、薄く、四角い線が刻まれている。
しゃがみ込み、そっと指先を伸ばす。
ざらりとした木の感触。
その表面を、指でなぞるように探る。
ふと、カチ、と音がした。
ごくわずかに、板が沈んだ。
(……隠し戸?)
もう一度、今度はしっかりと指をかけ、板を引き出す。
ギ……ッ
小さな軋みとともに、木板がわずかに手前に引き出された。
奥には一冊の小さな冊子が隠されていた。
古びた布に包まれ、何重にも巻かれている。
まるで、中身を見せないように封印されていたかのような厳重さだった。
「……先生、これって……」
小さく呼びかけると、背後で気配が止まる。
「……封印されてるね。貸してみて」
わたしは立ち上がり、その冊子をそっと差し出す。
先生は慎重に受け取り、布越しにその表面へ指を添えた。
次の瞬間――
空気が、かすかに震えた。
見えない“波”が広がるような感覚。
指先から、ごく微細な呪力が流れ込んでいく。
それはまるで、硬い錠前の隙間を縫う細い鍵のように――
極限まで精密に、繊細に、“封”をなぞっていた。
「迂闊に力をかけると、中身ごと壊れる可能性がある。……かなり古い呪式だ」
「これを壊さずに開けられるのは、僕くらいだね」
一筋、呪力が走るたびに――
布の内側から、かすかに光が漏れ出す。