第12章 「極蓮の魔女」
震える呼吸のまま、わたしはゆっくりと唇を開いた。
おずおずと、舌先を覗かせる。
その瞬間――
ぬるりと、濡れた熱が絡む。
「……っ」
舌が重なり、吸い上げられる。
奥へ、奥へと引き寄せられていく。
くちゅり、という音が耳をくすぐる。
腰に添えられた手が、そっと撫でるように動いた。
(……ダメ、何も考えられなくなる……)
口づけは、終わらなかった。
息継ぎの合間に、何度も唇を重ねられる。
触れて、離れて、また深く重なって――
舌先がすくい上げられるたび、心の奥で何かがふるえた。
熱に溶かされていく意識の奥で、かすかに気づく。
(……花の、匂い……?)
鼻先をかすめた、懐かしい香り。
それは、どこかで嗅いだことのある気がした。
甘くて、少しだけ切なくて、
涙腺の奥を、そっと刺激するような――
「……っ、せん……せ……」
息を震わせながら、彼の名前を呼ぶ。
唇が離れたばかりの口で、かろうじて紡いだ声。
先生がゆっくりと目を開き、こちらを見下ろす。
「……なに?」
そう呟いて、またそっと、唇を重ねてきた。
ふるえる吐息ごと、包み込むみたいに。
まだ、止まらない。
「……ま、って……」
先生の唇が、ぴたりと止まった。
わずかに距離を取って、静かにわたしの目を見る。
わたしは、胸の前で手をぎゅっと握ったまま、
自分でも曖昧な感覚を、なんとか言葉にしようとする。
「……なんか……花の香りが……します……」
先生の眉が、すこしだけ寄せられた。
「花……?」
わたしはこくりと小さく頷いた。
「僕は……特に、匂わないけどな」
そう言いながら、彼は自分の服の袖の匂いをくんくんと嗅いで、
「シャンプーの匂い? いや、柔軟剤?」
「ち、ちがいますっ……!先生じゃなくて……」
私は肘をついて、背中を床から離し
身体を起こした。
(……この匂い……)
まだ鼓動の余韻が胸に残るなか、意識は別のところへ向かっていた。
「……夢、で……嗅いだことがある……」
自分でも曖昧な言葉だったけれど、確信めいたものがあった。
あの夢――
悠蓮の記憶を辿る、あの断片の中で、
確かにこの香りがあった。