第12章 「極蓮の魔女」
「も、目疲れてるでしょ。
休憩しないと、“花”と“鼻”を読み間違えるよ?」
「……そんなミスしません」
「ほんと〜?」
そう言いながら、先生はサングラスを外す。
あらわになった碧の瞳が、まっすぐにわたしを見つめてきた。
視線を泳がせる間もなく、先生の手がそっと頬に触れた。
ひんやりとした指先。
でも、その奥に微かな熱が宿っている。
「……この前さ、悠仁に邪魔されたでしょ?」
「えっ……」
「キスしたかったのに」
その言葉と同時に、顔がすっと近づく。
距離なんて、もうとっくに失われていた。
唇が、そっと触れた。
指先の震えが、そのまま心臓に伝わる。
一度、離れる。
でも次の瞬間には、再び。
今度は角度を変えて、わずかに深く。
下唇を吸い上げるように、ゆっくりと。
舌先が、かすかに触れて、離れて――
もう一度、触れた。
「……っ」
呼吸が、重なった。
湿った熱が、唇の内側へ滑り込む。
舌先が探るように撫で、絡まり、巻き込まれる。
わたしの背中に手が回され、そっと引き寄せられる。
そのまま、身体を抱え込むように支えられ――
(え……?)
気づけば、身体ごと先生に抱えられていて、
そのままそっと床に、寝かされた。
背中がひんやりとした木の板に触れ、思わず小さく息を呑む。
上から覆いかぶさるように、先生がゆっくりと顔を近づけてきた。
書庫の天井が視界の隅に揺れて、仰向けになった自分の体勢をようやく自覚する。
「……」
名を呼ばれる声が、甘く、低く、肌に滲み込む。
「……舌、出して?」
「えっ……舌?」
その一言で、思わず目を見開く。
頬が熱くなるのが、自分でもわかった。
(……な、なに言って……)
けれど先生の瞳は、真剣だった。
拒むことなんて、もうできなかった。
「……少しだけでいいから」
そっと額が重なる。
その近さに、逃げ道はなかった。