第12章 「極蓮の魔女」
玄関まで行くと、音もなく引き戸が開き――
静かに現れたのは、一人の壮年の男性だった。
黒の詰襟に身を包み、白い手袋をはめている。
一目でわかる、老舗の屋敷に仕える者としての風格。
背筋はぴんと伸びていて、動作ひとつにも無駄がない。
その立ち居振る舞いには、長年この家を見守ってきた者だけが持つ、静かな威厳が滲んでいた。
「おかえりなさいませ、悟様」
低く落ち着いた声が、屋敷の空気を震わせるように響いた。
わたしは反射的に姿勢を正し、緊張で肩がこわばるのを感じた。
(悟様……)
(……そうだ。先生は――)
(五条家の、“当主”なんだ)
思い出すのは、深雪さんの言葉。
――悟は、本当は“教師”なんてやってていい人じゃないの。
(……わたし、そんな人の隣に……)
目の前の先生は、いつもと変わらず飄々としていて、
「ただいま。……久しぶりだね、榊原さん」
その口調の奥には、ほんの少しだけ懐かしさの滲む響きがあった。
執事の榊原と呼ばれたその人は、静かにうなずくと、
ふと、わたしの方へ視線を向ける。
「……お連れ様でいらっしゃいますか?」
私は思わず息を呑み、深く会釈する。
「……は、はじめまして。と申します。先生にはいつもお世話になっております」
榊原さんは深く、丁寧な一礼を返した。
「悟様の生徒さんでいらっしゃいましたか。遠路お越しいただき、さぞお疲れのことと存じます」
思わず背筋を伸ばし、小さく頭を下げる。
「……い、いえ。あの……こちらこそ、突然お邪魔してしまって……」
言葉の選び方に迷っていると――
「そんな堅くならなくていいよ、」
先生が横から割って入る。
「書庫で調べたいものがあるんだけど」
「書庫、でございますか」
榊原さんは目を細め、静かに頷くと一歩身を引いた。
「かしこまりました。ではご案内させていただきます」
そして、私たちの手元に目をやった。
「お荷物をお持ちいたします」
そう言って、私の小さなショルダーバッグと旅行カバン、先生の荷物を、自然な所作で受け取る。