第12章 「極蓮の魔女」
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食べすぎた――
その言葉が脳内を何度も繰り返されるくらい、私たちは甘いものを堪能した。
濃厚な抹茶パフェに、ミルフィーユ。
そして老舗のみたらし団子は、炭の香りがして、表面がぱりっとしていて――
あれは行ってよかった。
東京帰る前に、野薔薇ちゃんたちにも買って帰りたい。
お腹も心もいっぱいで、私はタクシーの座席に背中を預けた。
窓の外には、古い町並み。
土塀に囲まれた細い路地や、低い木造の屋根が続いていて、どこか懐かしさを感じる風景だった。
(……ここが、先生の育った街なんだ)
そう思うだけで、不思議と景色が特別に見えた。
やがてタクシーが、小さな交差点で左に曲がり、
石畳へと差し掛かる。
「――着きました」
運転手さんの声に、わたしは小さく息をのむ。
目の前に広がるのは、大きな屋敷の門構え。
現代の建物とは明らかに違う、重厚な木の扉。
そして、塀の上には五条家の家紋と思われる印が刻まれていた。
「ここが……」
「うん、実家」
先生は扉を開け、
そしてわたしのほうを向いて、ふっと笑う。
「――ようこそ、京都・五条家へ」
初夏の空の下。
少し眩しげに目を細めるその横顔が、いつもより大人びて見えた。
門が静かに開かれる音とともに、ひんやりした空気がすっと流れ込んできた。
一歩、足を踏み入れた瞬間。
思わず、息を止めていた。
(……なに、ここ……)
瓦屋根の母屋。
砂利の敷き詰められた中庭。
手入れの行き届いた庭木や苔の香りが、わずかに鼻をくすぐる。
京都の老舗旅館――
そう言えば通じるような、格式と静けさ。
でも、それだけじゃない。
目に見えない“何か”が、空気を張り詰めさせていた。
(……家、なんだよね……これ)
そう思わずにはいられないほど、
ここには“日常”の気配がなかった。
先生は、特に気にした様子もなく先を歩いていく。
その背中だけが、この場所の風景に自然に馴染んでいた。