第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
時間はほんのわずかで、
言葉もほとんど交わせなかったのに、
扉を閉めた瞬間、
先生が、すっと近づいてきて――
キスをした。
何度目かの、くちづけ。
でもその夜は、いつもより少しだけ熱がこもっていた。
――それはきっと、私も同じだったから。
キスをしながら、先生の手が、ゆっくりと降りていった。
頬から、肩へ、そして――
腕をなぞるようにして。
胸元へと、ふれるかふれないかの距離まで近づいてきて。
「……っ」
心臓が、跳ねた。
わかっていたはずなのに、
どこかでまだ、心の準備ができていなかったのかもしれない。
気づけば――
咄嗟に、その手を掴んでいた。
反射的に、強く。
先生の目が、ふっと見開かれる。
驚いたのか、それとも……予想通りだったのか。
でも、まるで何でもないみたいに、
あの人は、そっと微笑んだ。
「……ごめん、怖かった?」
低くて、やわらかな声だった。
からかったりもしないで、真剣に――
私の気持ちを探るみたいに。
すぐにうまく答えられなかった。
言葉が、喉の奥で引っかかる。
ただ、びっくりして。
心が追いつかなかっただけで。
……でもその瞬間、はっきりとわかってしまった。
(……恋人って、そういうことも……するんだよね)
先生とキスをして、想いを確かめ合って――
その先に、もっと深い関係があるってこと。
そういうことを、先生は望んでるのかもしれないってこと。
……嬉しくないわけじゃない。
むしろ、そう思ってくれてることが、すごく幸せで。
こんな私を、ちゃんと“ひとりの女の子”として見てくれてるのが、くすぐったくて――
でも、少しだけ怖い。
だって、私は何も、知らないから。
経験なんて、もちろんない。
触れられるだけで、こんなに心臓が跳ねて、息ができなくなるくらいなのに。
(……もし、先生をがっかりさせちゃったら……?)
そんな不安が、胸の奥に浮かんでいた。
でも、それを言葉にするのは、なんだか、もっと恥ずかしくて――
私はただ、掴んだ先生の手をそっと緩めた。
謝るように、でも逃げたくはなくて。
ぎこちなく笑って、視線を伏せる。