第11章 「魔女はまだ、花の名を知らない」
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風の音と、新緑の揺れる音が混ざり合って、
ぼんやりとした午後の空気をつくっていた。
中庭のベンチに、はひとりで座っていた。
ただ空を見上げている。
(……あれから、一ヶ月か)
処刑を免れて、一ヶ月。
処遇はまだ“保留”のままだけど、
それでも徐々に、日常は戻ってきた。
訓練、授業、任務があって。
ごく普通の、高専での毎日。
でも、何も終わってない。
むしろ、何かが始まっている。
そんな気がする。
(……私の力って、なんなんだろう)
“魔導”って呼ばれてるけど、
それがどういうもので、どこから来たのかもわからない。
どうして私に宿ったのか――誰にも説明できないまま。
高専の記録を調べても、何も出てこなかった。
……先生は誰かが、意図的に消したって。
(悠蓮の甦りを、知っていた人がいる)
(全部――最初から)
わからないことだらけだった。
何が真実で、何が偽りなのか。
そして、私がどこまで巻き込まれているのかも。
正直もう、自分でもよくわからない。
「……はぁ」
ため息が漏れた。
ゆっくりと、空を仰ぐ。
空の青さに目が滲んで、自然とあの人の顔が浮かんだ。
五条悟。
最強で、自由で。
でもその背中にたくさんのものを背負ってる人。
(……先生と、ちゃんと気持ちを交わしてからも、一ヶ月)
あの日。
お互い想いを伝えて、キスをして――
……思い出しただけで、顔が熱くなるのがわかった。
(……ああもう、また心臓ドキドキする)
思わず、両手で頬を覆って、俯いた。
誰かに見られたら、ほんと恥ずかしい。
(でも……)
ふと、胸の奥に浮かぶぬくもり。
触れられた唇の感触も、低く優しく名前を呼ばれた声も――
全部、ちゃんと残っている。
あれから数回だけ、こっそり会った。
訓練の後や、放課後の帰り道。
人目につかないところで、ふたりだけで話して、
ときどき、手を繋いで。
そっと、抱きしめられて――
……たまに、キスも。
(……っ)
また鼓動が速くなる。
それだけで、私は充分だった。
抱きしめられるぬくもりだけで、胸が満たされた。
それでも、ふとした拍子に――
思い出してしまう。
あの夜、先生の執務室で二人きりになったときのことを。