第10章 「花は焔に、焔は星に」
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夜風が、そっと髪を揺らした。
高専の屋上。
鉄柵のそばに腰かけ、はひとり、星を仰いでいた。
深い藍の空に、瞬く光がいくつも浮かんでいる。
静寂が、遠い世界のように心を包んでいた。
(……処刑は取り消されたけど)
力の正体が判明するまで――
“処遇”は、保留と決定された。
「先生は……不服そうだったな」
ぽつりと呟いて、ふっと笑う。
あの人らしい、って思ってしまう自分が、なんだか少しおかしかった。
今は、ただ。
生きてるだけで、もう十分な気がした。
ふと、手を空に掲げる。
白い指先が、夜空の星をなぞるように揺れる。
「……生きてる」
その言葉が、唇からこぼれた瞬間。
胸の奥にじわりと、まだ拭いきれない戸惑いが広がった。
「なんか、現実って感じしないな……」
小さく笑った声が、夜風にさらわれていった。
けれど、その声には――
たしかに、生の温度が宿っていた。
そのときだった。
「屋上にいる女子は悩んでる、って昔から相場が決まってるんだよね」
背後から聞こえたのは、聞き慣れた声。
が振り返ると、五条が扉のそばに立っていた。
月明かりを背に受け、緩やかに笑いながら、の隣へと歩み寄ってくる。
「それ……先生の決まり文句ですか?」
思わず笑ってしまうと、五条も肩を竦める。
「うーん、でも、それ言ったの――が初めてだよ」
は、ふいに視線を逸らした。
月明かりの下、自分の頬がほんのり熱を帯びているのがわかる。
ふたりの間に、風の音だけが流れる。
けれど、その沈黙は、言葉よりもやさしかった。
しばらくして、はそっと声を落とす。
「……先生」
隣に立つ背中を、まっすぐに見上げる。
「……助けてくれて、ありがとうございました」
その言葉に、五条は少しだけ目を細めた。
いつものふざけた調子もなく、静かに――けれど、確かに笑った。
「……お礼を言いたいのは、僕の方だよ」
が目を瞬かせる。