第10章 「花は焔に、焔は星に」
五条は、ただ静かに、彼女を見ていた。
一切の感情を押し殺したまま、その蒼い瞳で、まっすぐに――。
(……なんで。なんで、いるの……)
それは、嬉しさでも、絶望でもなかった。
ただ、どうしようもなく、胸を抉る痛みだった。
(見ないでよ、先生……こんなとこ、見ないで……)
声には出せなかった。
縛られた手を、伸ばすこともできなかった。
ただ――
その目が合った瞬間、涙が零れそうになるのを、必死に堪えた。
目の前に立つその人は、いつも通りだった。
いや、いつも以上に――どこまでも冷たく、どこまでも美しかった。
(先生が……私を、殺すんだ)
涙が出そうだった。
苦しいのに、苦しくない。
怖いのに、安心してしまいそうで。
口元が、ほんのわずかに笑みを結んだ。
「……先生」
名前を呼ぶ声は、かすれていた。
けれど、それだけで――すべてが伝わってしまいそうな気がした。
(……この人に、殺されるのなら)
(それで、全部終わるのなら)
(それが私の、罰なら――)
静かに、目を閉じた。
痛みではない。
悲しみでも、恐怖でもない。
胸の奥が、ただ静かに――終わりを受け入れていた。
五条が一歩前に出る。
「ちょっとだけ――二人にしてもらっていい?」
その声音は、穏やかだった。
楽巌寺がわずかに目を細め、訝しげに五条を見る。
「……だめだ、五条。妙な真似をされては困る」
五条は苦笑して、指先をひらひらと振った。
「今さら逃がすとか、反旗を翻すつもりはないよ」
「……」
「ただ、お別れくらい、さ。ちゃんと未練は晴らしておかないと――」
わざとらしく言葉を切り、ゆっくりと周囲に視線を巡らせる。
「……この子が死んで、呪いにでもなったらどうするの? 異端の魔女なんだから。死後どうなるかなんて、僕にも読めないよ?」
「……!」
場の空気がわずかに揺れた。
沈黙ののち、楽巌寺は不承不承、顎を引いて言った。
「……一分だ。それ以上は許さぬ」
「わかってるよ」
そして楽巌寺の合図を受け、周囲の術師たちが二人から距離を取る。
五条は、ゆっくりと足を踏み出した。
処刑台の階段を静かに上り、縛られたの傍らまで歩み寄る。