第10章 「花は焔に、焔は星に」
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どこかで、水の滴る音がした。
それが幻聴かどうかも、もうわからない。
は、ベッドの端に膝を抱えてうずくまっていた。
この部屋に窓はなく、時計もない。
今が、朝なのか夜なのかもわからない。
どれだけの時間が過ぎたのか。
一度、食事のようなものが無言で差し入れられた気がする。
けれど、それが何時間前のことだったかも、もう定かじゃなかった。
(……次に誰かが来た時、私は――死ぬんだ)
そう思った瞬間、胸の奥がじわりと冷たくなる。
肺に入る空気さえ、どこか薄く感じる。
空港での記憶が、じわじわと浮かび上がる。
スーツ姿の男たち。
何も言わず、肩を押さえ、腕を掴み、そのまま無理やり車に押し込まれた。
(怖い、と思う暇さえなかった)
あまりにも現実離れしていて――
これは悪い夢なんじゃないかと、ずっと思っていた。
目が覚めれば、いつもの朝が来ると――そう願っていた。
でも、目覚めた先にあったのは、この窓もない、閉じられた部屋だった。
そして、死刑だと告げられた。
淡々と、ただそれだけを。
冗談でも、脅しでもない。
この密室の空気が、それを何より雄弁に証明していた。
(……これは、逃げた罰?)
あのとき、自分の意思で高専を出た。
先生も、自分の力も、全部振り切って――ただ、迷惑をかけたくなくて。
(それとも、先生を――好きになった罰?)
心の底に沈めていた想いが、そっと顔を覗かせる。
好きになってはいけない人を、好きになってしまった。
その代償が、これなのだろうか。
――罰。
そう思えば、納得がいく気がした。
すべてが、そうなるために決まっていたようにも思えた。
不思議と、死ぬことに対して怖くはなかった。
胸の奥に漂っていたざわめきが、音もなく沈んでいく。
ゆっくりと、深い海の底へ沈むみたいに。
(……悠蓮は、どんな気持ちで最後を迎えたんだろう)
処刑台に立ったとき、何を思ったのだろう。