第9章 「あなたの知らないさよなら」
目元にはもう笑みはない。
だが、その代わりに浮かんだのは、どこか吹っ切れたような色だった。
「……だとしたら、何?」
静かに、しかし明確な意思を込めた声。
「私は、“選択肢”を与えただけ。――選んだのは、あの子の方よ」
言い訳でも、開き直りでもない。
むしろ、それが“正義”だと言わんばかりの視線だった。
「……何でそんなことした?」
五条の声に、ほんの僅か、痛みが滲む。
「何でって――」
深雪はふっと息を吐き、空を見上げるように目を細めた。
「私は、五条家を……“悟”を守りたかっただけだよ」
その言葉に――
五条は、しばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと息を吐き、短く呟く。
「……は?」
声には、乾いた苛立ちが滲んでいた。
「僕、深雪に守られるほど弱くないし。勝手なことすんなよ」
その言葉に、深雪は言葉を失う。
ただ、小さく目を伏せたまま、何も返さない。
五条は面倒臭そうに片手で頭をかく。
「いいから、早く教えろ。……深雪の親、脅して聞き出すぞ」
冗談のようで、冗談ではない声だった。
その時、深雪の瞳が揺れる。
「……どうして?」
低く、かすれた声。
「このまま逃げ続けた方が、あの子だって幸せに暮らせる。呪術界の不条理な道理や伝統に関わらなくて済むんだよ」
「悟も……手を汚さなくて済むのに」
叫ぶでも、責めるでもなく――
ただ、必死に何かを説得するように。
だが。
「知ってるよ、そんなこと。……それでも」
五条は、静かに言った。
「僕は――と、離れたくない」
その声には、静かな決意があった。
後悔も、怒りも――すべて抱えたまま、それでももう一度向き合おうとする覚悟。
サングラスの奥で、青い瞳がわずかに揺れる。
唇を引き結び、痛みを滲ませながらも、譲れない想いを隠しきれなかった。
深雪は、息をのんだ。