第9章 「あなたの知らないさよなら」
ただまっすぐに、誰かを求める顔。
それが、あの五条悟の中にあったことに――
心が揺さぶられる。
「……そんなに、特別なの?」
掠れた声が漏れる。
「ただの、生徒でしょ。受け持ってる中の、一人でしょ……」
かろうじて笑おうとしたが、もう形にはならなかった。
「……教師として守ってるだけだよね」
けれどその言葉には、自分でも気づいてしまった“矛盾”が滲んでいた。
あの目は――教師が生徒に向けるものではなかった。
それは、確かに。
ただの情ではない。
ただの優しさでもない。
もっと深くて、抗いがたくて、言葉にしたくないほど――痛いほど、強い想いだった。
深雪は、唇を噛んだ。
ぐっと目を伏せ、こみ上げてくる感情を押し殺す。
それでも、もう抑えきれなかった。
「――まだ15、6歳の子供だよ……!」
思わず、声が震えた。
怒鳴るように叫んだその言葉は、どこかで自分自身にも向けられていた。
「今までの悟のタイプとも全然違うじゃない!」
深雪は声を上ずらせた。
「ただ遊びで付き合って、飽きたら終わって……」
「悟は、人を“本気で好きになる”なんてこと、ないと思ってた」
声が震える。
胸の奥で蓋をしていた想いが、どろりと流れ出す。
「だから……だから私も、諦められたのに……っ」
掠れた吐息。
もう誰に言っているのかさえ、自分でも分からない。
「その目は……ずるいよ」
五条は黙って、深雪の言葉を受け止めていた。
けれど、その視線は揺らがない。
沈黙のあと――まるで、喉の奥で何かを噛み砕くように、
だが確かに言葉がこぼれる。
「……好きなんだ。が」
「どうしようもなく……」
それは、初めてだった。
自分の口で、この想いを――誰かに、言葉にして伝えたのは。
たったそれだけ。
飾りも、言い訳も、迷いもない。
深雪は、瞬きをした。
鋭く、深く、逃げ場のない痛みを連れて。