第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
(……え? え? なにこれ、これってもしかして――)
(告白のチャンスってやつ?)
背中で聞こえるの足音。
静かにソファへと歩み寄る音が、やけに耳に残る。
「砂糖とミルクいる?」
「……あ、じゃあミルクだけ」
「オッケー。僕は砂糖たっぷり~」
そう軽く返しながら、カップを手に戻る。
がこんなふうに夜中に“声が聞きたくて”来るなんて、今日が最初で、もしかしたら最後かもしれない。
……だったら。
(今言わなきゃ、いつ言うの?)
――って、どこの受験対策の塾講師だよ僕は。
五条はカップを渡しながら、わざと軽く眉を上げてみせた。
「ほい、お待ちどう。五条悟特製ミルクティー」
は小さく「ありがとうございます」と呟き、両手で丁寧に受け取る。
ほんの数秒、カップを見つめたまま動かない。
(……ん?)
不意に感じる空気の緊張に、五条も表情を少し引き締めた。
そして、がゆっくりと視線を上げた。
「……何かあった?」
そう訊いた瞬間――
は小さく息を吐いて、紅茶をそっとテーブルに置く。
その仕草には、どこか“覚悟”のようなものがあった。
次の言葉が来るまで、わずかに間が空いた。
「……あの時の続き、してくれませんか?」
一瞬、時が止まったような錯覚。
「……続き?」
はもう逃げないというふうに、まっすぐこちらを見つめて言った。
「……キス。もう一回したいって……先生、言ってましたよね?」
真正面からぶつけてきたその言葉に、
僕の中に張りつめていた“余裕”の皮が、音もなく剥がれ落ちていくのがわかった。
それでも、ぎりぎりの理性が口を動かす。
「……どうしたの? この前は“好きな人同士じゃないとやだ”って、言ってたのに」
は少し俯きながらも、すぐに顔を上げて言った。
「……キス、してほしいんです」
小さな声。でも、はっきりしていた。
その目が、僕をまっすぐに射抜いていた。