第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
灯りの下に現れたのは――
。
一瞬、心臓が跳ねた。
さっきまで思いっきりのことで妄想してたんだから、こっちはもう心の準備がゼロだ。
「えっと……仕事中でしたか?」
少しおずおずと、こちらを見る。
五条は一拍置いて、あえて軽く息を吐くように笑った。
「いや、ちょうど休憩しようとしてたとこ」
言いながら、椅子の背にもたれて腕を伸ばす。
けれど、その動作にはどこか落ち着きのなさが滲んでいた。
「どしたの? こんな時間に」
「……が来るなんて珍しいねぇ」
にやりと笑いながら、椅子の背にもたれ直す。
「さては、僕に会いたくなっちゃった?」
軽口のつもりだった。
けど、の動きが、一瞬止まる。
視線が少し揺れて――頬が、わずかに染まっていくのがわかった。
「……はい」
小さな声。
でも、はっきりと聞こえた。
(……え、マジ?)
冗談のつもりだったこっちが、逆に固まる。
はすぐに目を伏せて、付け加えるように口を開く。
「……その、ちょっとだけ。先生の声……聞きたくなって」
(ちょ、ちょっと待って。
何その可愛さ。今日の、強いぞ……?)
完全に油断してた。
さっきまで“早く抱きしめて、キスしたい”とか考えてたくせに、この展開は想定外。
「……そっか」
それしか言えなかった。
でも、その声が思ったよりも低く、喉の奥が少し鳴っていたのは、自分でも気づいてた。
の顔が少し上がって、こっちを見る。
その目――ちゃんと、まっすぐだった。
(……ダメだ、我慢とか僕に向いてない)
「とりあえず、座りなよ。なんか飲む?」
精一杯、いつもの調子を装いながらソファを指差す。
は小さく頷き、
「失礼します」といつもの丁寧な声で部屋に入ってくる。
肩の力を抜くように腕を伸ばして立ち上がり、書棚脇の小さな湯沸かしポットに手をかける。
「何がいい? コーヒー、紅茶、あとは……ココア?」
「……紅茶でお願いします」
カップを取り出しながら、平然を装う。
でも内心――