第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
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夜。呪術高専の奥深く、静まり返った執務室。
机の上には、一冊の古びた文献が開かれている。
古墨の匂いがかすかに立ちのぼり、毛筆で書かれた見慣れない文字たちが、時間の重みとともに静かに沈黙していた。
僕は椅子に深く腰を預け、片手で顎を支えながら、文面をじっと眺める。
――禁術系譜書。
高専が保管してた、悠蓮にまつわる唯一の記録。
地下の封印書庫から埃まみれで見つけた、まるで“捨てられた”みたいな代物だ。
ページを繰っていくうちに、ある一節に目が止まる。
“かの女、火刑に処す――”
「……火刑、ねぇ」
つぶやきながら、僕はページの隅を指先でなぞった。
「日本で火炙りって……珍しいだろ」
処刑の方法には色々あるけど、火によるそれは特別だ。
焼き尽くす。痕跡を消す。
骨も、魂も、跡形もなく
(千年前、か……)
平安の末か、鎌倉の初め。
たしかに、その時代に火刑はあった。
けどそれって、盗賊や放火犯、謀反人に対する“見せしめ”の罰だったはずだ。
それを――たったひとりの女に?
あまりに儀式的で、宗教的で、そして……何より、“怯え”がにじんでる。
「……まるで、魔女狩りだな」
口にしたその言葉が、室内に妙な重さを落とした。
これって本当に“罰”なのか?
違う。これは“抹消”だ。
「この世にいてはいけない存在」として、完全に消そうとした――そんな気配。
悠蓮。
一体お前は、何をしたんだ?
そして呪術界は、何をそこまで恐れた?
(……この時代の上の連中、何を隠そうとした?)
記録は断片的で、処刑の理由も、背景も、ほとんど触れられていない。
むしろ、その“空白”こそが異常だ。
伊地知にでも調べさせるか……。
椅子にもたれたまま、ふっと目を閉じる。
思考の糸が緩んだ、その瞬間――浮かんできたのは、あの顔だった。