第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
「え、な、なんでそんなこと……っ」
目を逸らすこともできず、ただ声が裏返る。
動揺が隠しきれないまま、唇がぎこちなく震えた。
深雪はの反応を見て、ふっと笑う。
「目を見れば、わかるよ。ちゃんが悟を見てるとき――恋してる目、してるもん」
「…………」
喉の奥が詰まったように、は言葉を返せなかった。
胸の奥に、図星を突かれた痛みがじんと広がる。
深雪は、カップを持ち上げて、
紅茶に口をつけたあと、静かに続けた。
「うん、わかるよ。悟、かっこいいし、強くて頼りになるし……」
「その歳の子から見たら、年上の男性に惹かれちゃうの、あるあるだよね」
さらりと、あくまで穏やかに。
けれどその言葉の奥には、微かに境界線を引くような響きがあった。
――“背伸びした子どもの恋”
そう言われたような気がして、の胸にちくりと棘が刺さる。
(……そんな、軽い気持ちじゃないのに)
(……わかってるよ、分不相応なことくらい)
(でも、それでも)
フォークを握る指に、知らず力がこもる。
深雪の視線が、まだこちらを伺っている。
は視線を伏せ、こぼれぬように――
けれど零れそうな想いを、そっと笑みに包んだ。
「……今日は、何か話があるんですよね?」
深雪は少し目を細める。
カップを置き、その手で器を包むようにしながら、まっすぐこちらを見据える。
「……そうだね。本題に入ろっか」
静かな応酬が、空気の中で交錯する。
戦いではない。だが、これは“探り合い”だった。
「……ちゃん」
その声色は、もう笑っていなかった。
「悟は本来、教師なんてやってていい人じゃないの」
「“特級術師”で、五条家の当主で。呪術界そのものを牽引していく立場の人間で」
一拍置かれた間――
その瞳は笑っていなかった。
「悟が“教師として”あなたの味方をするのは、私にもよくわかる。
でも、“ちゃん”の側に立つことは――
悟にとっても、五条家にとっても、決して良いことじゃないのよ」
まるで、言い聞かせるような声音だった。
優しくて、けれど、どうしようもなく距離のある言葉。