第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
「……こんな調子で、査問会間に合うんでしょうか」
その言葉は、自分に向けたものでもあった。
査問会までの限られた時間で――
少しでも、自分の力が呪霊に有効であること、そして自分自身がそれを掌握できていると証明しなければならない。
だからこそ、こうして毎日、五条と共に訓練を重ねている。
それでも、手応えはまだ遠く、小さな焦りが積もっていく。
五条はそっとの頭に手を置く。
「焦らなくていいから。……僕がついてる」
低くやわらかな声に、が五条を見上げる。
「落ち込んでる暇あったら、特訓するよ」
五条は手を離し、にっと笑う。
も、そうですねと返事をし――ふと思い出したように顔を上げた。
「あ、そうだ。先生、これ……この前助けてくれた時の。ありがとうございました」
畳んだ包みを差し出す。
五条が首を傾げると、中から見覚えのある黒色の制服の上着が覗いた。
「少し汚れてたので、クリーニングしておきました」
「え、いいのに」
五条が受け取ろうと伸ばした手が、の指先にふれる。
一瞬の温もり――それだけで胸が跳ね、は反射的に手を引こうとした。
だが、五条の指がそのまま絡むように重なった。
「……っ、せ、先生?」
驚いて顔を上げた瞬間、サングラスの奥の青が、まるで逃がす気のないように彼女を見つめていた。
指先に、ゆっくりと、けれど確かに力がこもる。その温もりが、手首から腕へ、胸の奥へと静かに広がっていく。
青い瞳が、まるで触れた指先から心の奥を覗き込むように揺らめいた。
視線に捕らえられ、逃げ場を失う。
(……近い)
呼吸が浅くなり、喉がひとりでに鳴る。
触れ合っているのは指先だけなのに、距離が、息が、急速に詰まっていく錯覚。
「……」
低く名前を呼ばれた瞬間、胸が大きく跳ねた。
その唇が、何かを告げようとして――