第8章 「この夜だけは、嘘をついて」
少し沈黙が続いたあと、は小さな声で口を開く。
「……先生、さっきはありがとうございました」
「ん?」
軽く首を傾け、横目で彼女を覗く五条。
は視線を落とし、少し間を置いてから口を開いた。
「……私のために、怒ってくれて……嬉しかったです」
指先でジャージの裾をきゅっと握る。
「でも……処刑のこととか、悠蓮のこととか……色々重なって、頭が混乱して」
小さく息を吐く。
「自分の存在が、たくさんの人に迷惑をかけてるって思ったら……死んだ方がいいんじゃないかって……そう、思っちゃって」
ほんの一瞬、声が震んだが、すぐにまっすぐ前を見た。
「……でも、先生の言葉で、目が覚めました」
「たしかに私は、高専でよく思われてないかもしれない。けど……そんな私を、心配してくれる人たちもいる。それは、ちゃんと事実なんです」
胸に手を当て、ゆっくりと顔を上げる。
「だから……その人たちのためにも、自信を持って、胸を張って生きていきたいです」
五条はしばらく何も言わず、ただその瞳をじっと見つめた。
やがて、ふっと口角が上がる。
「うん、いいね。さすが、僕の――」
そこで言葉が途切れる。
唇がわずかに動いたまま、音にならない。
「……先生の?」
突然の中断に、は小首をかしげた。
五条は視線を逸らし、肩をすくめて笑う。
「さすが、僕の『人の心を刺す名言』の一つだね。全米も泣いたっていう噂なんだ」
「なにそれ? 先生、そんなのあるんですか?」
がくすっと笑うと、五条もわずかに口元を緩めた。
「でも……よかったよ。大事なことに気づいてくれて。は、一人なんかじゃない」
その言葉が胸の奥に落ち、静かに波紋を広げていく。
肩に乗っていた見えない重りが、少し軽くなったような気がした。
「――ー!」