第1章 平穏が終わった日
「いや、あるはずだよ」
私の言葉にスマホから顔をあげた角名くんが真面目な顔でそんなこと言うから、私は思わず「えー」と漏らしてしまう。
だって本当に記憶がない。
まあ 面識ない、は言い過ぎかもしれないけど、でも引き抜きされるような事態になるほど関わったことは一度としてないはずだ。
しいて言うなら先週の木曜、女バレが普段使用している体育館が設備点検のため使用できなくなり、男バレがいる体育館を半分ほど分けてもらったあの時にお互い認識しただろうか、くらいで。会話なんて微塵もない、目くらいは合ったかもしれないけどそれも定かではないし。
「先週の木曜?金曜やったかな、体育館一緒に使うたときじーっと見とったやろあんたのこと」
当たってた。やっぱ目合ってた。
でもそれだけで引き抜きって、何事?
別に目立った行動はした覚えないんだけどな。
「あの人かな、あの〜あれ、眼力で人殺せそうな人。てかもう殺ってそう…あ失敬」
「は〜あ?オイオイ、言っていいことと悪いことあんねんでオイ姉ちゃん」
「あかん、それ言うてしもたら俺らはあんたと距離置かなあかん、サイナラ」
「え、いや、どっちなの」
「気にしないで、とばっちりが嫌なだけ」
「なるほど意味わからん」
「うちの主将めっっっちゃ怖いねん、逆らったらどないなるか知らんからそない呑気なこと言えんのや!」
急にしゃがみこんで頭を抱えた侑くんと、踵を返した治くん。の袖を掴んで留める角名くんも「まあ確かに、その時の北さんは過去一じゃないけど五本指に入るくらいには怖かったよ」と若干顔を青くして言った。
主将が怖いって何だろう、怒鳴るとか?でも男バレの主将さんはそんな感じの人に見えなかった気がするんだけど。
「怖いのジャンルが多すぎる件」
「なんていうか、圧?がやばくてあの人」
「へぇ」
「んな他人事みたいに返事すなや!!」
「で、何でその圧がやばい主将さんが私を欲しがってるの」
「圧がやばい言うな!後悔するで!?」
「角名くんが言ったからいいかなって」
「ごめん忘れて、てか記憶消して」
「えー」
話が進まない。
どれだけ恐ろしいんだろう、男バレの主将さん。