第1章 平穏が終わった日
── 一ヶ月前。
「幸村立華ってここにおる?」
ゴールデンウィーク明けの五月中旬。
新学期が始まりおよそ一ヶ月、だいぶ馴染みつつある教室の空気がぐらりざわりと揺れ、どよめいた。
名前を呼ばれた反射で声がした方へ振り返れば、教室の扉からおなじ顔がふたつ並んで覗いていて思わず眉間にしわが寄る。あまり関わりたくない顔だったからだ。
「私だけど。何か用?」
「ちょっとええか」
食べかけの弁当を前に席に座ったまま片手を上げれば、ふたつの顔が同時にこっちへ向く。双子であるから当然とはいえ、こうもそっくりな顔がふたつあるとなんだか異様な光景だ。失敬。
学年問わず女子から莫大な人気を集める双子、宮侑と治。私とおなじ二年生で、男子バレー部のレギュラーメンバー。
そんな二人から呼び出しを受けるだなんて、明日から双子に想いを寄せる女子たちから槍で突かれる日々が始まってしまうのだろうか。
嫌だなぁめんどくさいなぁ帰りてぇと思いつつ、呼ばれたからには腰を上げざるをえない。
不自然にならないようため息を吐きつつ扉へ向かえばもうひとつ見知った顔があって、咄嗟に踵を返したくなった。
気だるそうに廊下の壁に背を預けながらスマホをいじる、角名倫太郎。こやつも二年で双子と同じ境遇の男子であるため、このまま関わってしまえば後が怖い。何がって女子からの槍がだ。
「この距離でいい?」
「は? 何でやねんコッチ来いや」
「いや私実は男性恐怖症なんだよね、半径二メートルは近づきたくなくて」
「教室居れへんやんか」
「訂正、イケメン恐怖症」
「褒め言葉であっとる?」
「自己判断でどうぞ。それで、何の用?」
およそ二メートルほどの距離を保ったまま用件をたずねれば、「ここやとちょっとなぁ」となんとも気まずそうに言われ、さらにどよめく教室。誤解をされそうな言い方に「私ここから動かないから」と圧を強めて促す。意地でも動かない。
あしたの朝日見れるかな私。色恋沙汰の噂って音速なみに広がるの早いんだよね。
──兵庫県立稲荷崎高校の女子生徒、集団暴行にあい死亡…──
なんてニュース、大切な両親にも転校前までの友達にも見せたくないよ。