第2章 “ちゃんと”した子
あの教室での事だけで終わったならどれだけ良かっただろう。
その日の放課後、侑くんは本当にやって来た。
逃げる隙もなく腕を引かれ、何を言っても離してくれなくて、彼の威圧感に半分泣きそうになりながら慌てて女バレのグループLINEに《ゆうかい》と送った。すぐに既読がついたようだけど返信を待たずに《男バレ》と追加で送る。小走りの状態で送ったのに、誤字がなかったのは本当に奇跡だ。
LINEを送り終えたその頃には男バレが使用している体育館に到着していて。
若干息切れしている私とは真逆に「北さあああん!!!」と息ひとつ切らしていない彼は体育館の扉を開けて大声をあげた。
一斉に男バレ部員たちの視線が注がれ、さすがに萎縮してしまう。
『北さん!!』
『…おん』
『連れてきました!女バレのマネージャー!』
『……侑』
『はい!』
『勧誘よろしくとは言うたけど、強制的に連れてこいとは言うてへんよ』
私の様子をちらりと見て、主将さんは静かにそう言った。頭が真っ白になり、意味を理解するまでに時間がかかった。
静まり返る体育館。
外から聞こえる他の部活に向かう生徒の声。
『……えっ』と遅れて声を漏らした、私の腕を掴んだままの侑くんの様子に主将さんはため息を吐いて目の前まで歩いてきた。
『勘違いしてもうたんか』
『え、なん、だって北さん連れて来いって、』
『言うてへんよ。一回会って話して、良かったら勧誘しといてやって言うただけや』
『……えー…』
強ばっていたのが嘘みたいに肩の力が抜ける。
拍子抜けしすぎて私も声が漏れた。
いや、だって、勘違いって……しかもこんな、誘拐まがい(事実)なことされて、はいそうですかじゃあ帰りますねってならないでしょ。
ムカつく。
もう怒った。
『まじで許さん宮侑』
『えっちょ、待っ』
掴まれていない片手を振り上げた。
一発本気で殴りでもしないと気が済まないと思ったのだ。
一瞬怯んだ彼だけど、私の手が振り下ろされることはなく誰かに止められてしまい失敗に終わる。
誰だ止めた奴!
キッと睨みつけながら振り返れば銀島くんがいた。申し訳なさそうに、でも焦ったように『手ぇ下ろそ、な?』と言われて気持ちが少しずつ落ち着いていく。
そして、一気に恐怖心が襲ってきて。
気づけば視界が滲んでいた。