第5章 ギルデロイ・ロックハート
「もし、あの子が私の写真も一緒に撮るのだったら、君のクラスメートも君が目立ちたがっていると思わないでしょう?」
ハリーが、何かを言いかけた。
けれどその声はロックハートの言葉にすぐさまかき消されてしまう。
チユは一歩後ろで歩きながら、ハリーの肩がほんの少しだけ下がったのを見逃さなかった。
周囲には、廊下に並んだ生徒たちがずらりと立ち止まり、物珍しげな視線をこちらに向けている。
ロックハートはそんな注目をものともせず、相変わらずの大きな身振りで歩いていく。
チユは無意識に自分の胸の前で手を組んだ。
自分には何もできない。
けれど、ハリーの後ろ姿を、せめて見守っていたかった。
「一言、言っておきましょう。君の経歴では、いまの段階でサイン入り写真を配るのは賢明とは言えないね――」
ロックハートが何を言っているのか、チユにはもはや理解できなくなっていた。
言葉はまるで、飴細工のように華やかで、それでいて中身がない。
けれどその飴は、誰かの心にまとわりついて、じわじわと苦く溶けていく。
「はっきり言って、ハリー、すこーし思い上がりだよ。そのうち、私のように、どこへ行くにも写真をひと束準備しておくことが必要になる時がくるかもしれない。しかーしですねぇ――」
そこで、ロックハートはカラカラと満足げに笑った。
その笑い声はやけに乾いていて、チユの胸の奥にざらりとした何かを残した。
「君はまだまだその段階ではないと思いますね」
ロックハートがご満悦に笑ったその瞬間、チユの足がふいに前へと動いた。
ハリーが自分からは何も言い返せないのをいいことに、ロックハートは一方的に言葉を浴びせている。
どこまでも自分中心。
チユはその腕に、遠慮なく手をかけた。
「やめてください」
静かな、けれど芯のある声だった。
「ハリーは、そんな風に見られるためにここにいるんじゃありません。誰かの“引き立て役”でも、 “おまけ”でもない」
言い終えると同時に、チユはぐっと彼の腕を引き離した。
ハリーは目を丸くしていたが、すぐにローブのしわを整えるふりをして視線を逸らした。
ロックハートは一瞬言葉を失ったようだったが、すぐに無理に笑顔を作り「いやあ、熱心なファンもいるものだね」と、照れ隠しのように呟いた。