第5章 ギルデロイ・ロックハート
「いったい何事かな? いったいどうしたかな?」
その声が聞こえた瞬間、空気がパチンとはじけたように感じた。チユは、はっとしてそちらを振り向いた。
ギルデロイ・ロックハートが、大股で中庭を横切ってくる。
「サイン入りの写真を配っているのは誰かな?」
誰も何も答える前に、ロックハートの瞳がハリーを捉えた。
「聞くまでもなかった! ハリー、また会ったね!」
ぱっと笑みを広げながら、彼はハリーの肩に勢いよく腕を回した。
まるで親友の再会みたいに。けれど、それは一方的な抱擁で、ハリーの顔が引きつるのを、チユはすぐに察した。
「ちょっと、ハリーが困ってるの……わかんないのかな……」
小さくつぶやいたつもりだったのに、隣にいたハーマイオニーが、ちらりとこちらを見る。
けれど何も言わず、目を伏せて口を引き結んだ。
「さあ、撮りたまえ。クリービー君!」
ロックハートは振り返り、にっこりと満面の笑顔を浮かべてカメラを構えるコリンに声をかけた。
「2人一緒のツーショットだ。最高だと言えるね。しかも、君のために二人でサインしよう!」
チユは少し後ろで立ち尽くしていた。
コリンが震えるようにカメラを構え、レンズの先でハリーが目をそらしている。
「……ハリー」
小さく名前を呼んでみたけれど、その声は誰にも届かず、ちょうどそのとき、午後の授業のベルが鳴った。
「さあ、行きたまえ。みんな急いで!」
ロックハートは生徒たちにそう声を張り上げながら、ハリーを引き寄せたまま、城へと歩き出した。
「わかっているとは思うがね、ハリー」
城の脇のドアから入ると、ロックハートが声の調子を少しだけ低くして語りはじめた。
まるで父親のように――けれど、どこか演技めいていた。
「あのお若いクリービー君から、あそこで君を護ってやったんだよ――」
ロックハートの声が廊下に軽やかに響く。
けれどチユには、その“護ってやった”という言葉が、まるで絵本の中のヒーローが勝手に名乗りを上げているように聞こえた。