第5章 ギルデロイ・ロックハート
「……ハリー、もう行こ?」
気づけば、チユは2人の間に歩み寄っていた。
袖の端をきゅっと握りしめていたが、その目はまっすぐにハリーを見つめている。
ハリーは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに表情をゆるめて、微笑みながらうなずいた。
マルフォイはつまらなそうに目を細め、皮肉げに言った。
「おやおや、もう1人の救世主の登場だ」
チユの視線が、ぴたりとマルフォイに向く。けれど、その目に怒りはなかった。
ただ、言葉の選び方を冷静に見定めるような静けさがあった。
だが、その時。
「ナメクジでも食らえ、マルフォイ!」
ロンが怒鳴った。背中に張りつめた怒りを乗せて。
クラッブが笑うのをぴたりとやめ、無言で拳をゆっくり撫でさすりはじめた。拳はまるで、トチの実の殻のようにごつごつと節くれだっている。
「言葉に気をつけるんだね、ウィーズリー」
マルフォイが口の端を上げた。「これ以上いざこざを起こしたら、君のママがお迎えに来て、学校から連れて帰るよ」
それだけならまだしも、彼は声色を甲高く変え、芝居がかった調子で言った。
「『今度ちょっとでも規則を破ってごらん〜?』」
――モリーおばさんの物真似だ。からかうにはあまりに無神経な。
スリザリンの5年生が1人吹き出し、それにつられるようにあちこちでくすくすと笑い声が起きる。
「ポッター、ウィーズリーが君のサイン入り写真が欲しいってさ!」
マルフォイは続けざまに毒を吐く。「君の家の家宝よりも、もっと価値があるかもしれないな」
ロンは怒りに顔を真っ赤に染め、鞄の中からスペロテープで継ぎはぎされた杖を勢いよく引き抜いた。
「ロン、だめ!」
ハーマイオニーが『バンパイアとバッチリ船旅』をパチンと閉じ、立ち上がるなり小声で制止した。
チユはすぐにロンの横に立ち、彼の袖をそっと掴んだ。
「こんなのに、付き合う必要ないよ」
小さな声。でも、はっきりと。
ロンはぐっと唇を噛んで、杖を下げる。だが怒りの熱は、まだ手の中に残っていた。