第5章 ギルデロイ・ロックハート
もはや誰も見向きもしないそれを、チユは敗北感とともに拾い上げた。
「最悪だよ……」
絞るような声で呟いたその瞬間、横からロンがにやっと笑って声をかけた。
「それ、チユにすっごく似合いそうだよ。ほら、ほっぺもピンクになってきたし」
からかうような口調だった。
「ロンの方が似合うんじゃない?きっとおばさんに見せたら“ロンちゃん、まあなんてかわいいの!”って褒めてくれるよ」
チユはふんと鼻を鳴らすと、むすっとして耳当てを握りしめた。
「私が合図したら耳当てをつけて、両耳を完全にふさいでください」
スプラウト先生が、さっきまでの騒ぎには見向きもせずに言葉を続ける。
「耳当てを取っても安全になったら、私が親指を上に向けて合図します。それでは、耳当て、つけ!」
チユは観念して、耳当てを両耳にパチンとはめた。
ぴったりと閉じ込められた世界の中で、外の音はすっかり遮断される。
あたたかくて、ふわふわで……ちょっと、恥ずかしい。
スプラウト先生は、ローブの袖をまくり上げると、ふさふさとした植物を1本しっかりと握りしめ、ぐいっと引き抜いた。
土の中から現れたのは、チユが想像していたどんな根っこよりも衝撃的だった。
それは、小さな――赤ん坊だった。
泥だらけで、ひどく醜くて、顔をくしゃくしゃにして、全身で泣きわめいている。
頭からは葉っぱがにょきにょきと生えていて、肌は不気味な色。
まるで夢の中で見る化け物のような姿だった。
ハリーが「うわっ」と声を上げているのが、口の動きでかろうじてわかる。
でも、耳当ての中には何も届かない。
スプラウト先生は、そんな赤ん坊――マンドレイクを何食わぬ顔で持ち上げると、机の下から取り出した大きな鉢に突っ込んだ。
あっという間に、黒く湿った堆肥でずっしりと覆われ、ふさふさの葉だけが土の上に残った。
先生は両手の泥をパンパンと払い、親指をぐっと上に突き出す。
チユは、それを合図に耳当てを外した。
「このマンドレイクはまだ苗ですから、泣き声も命取りではありません」
スプラウト先生は、まるでただのベゴニアでも扱うかのような、淡々とした口ぶりで言った。
けれどチユは、まだどこかぼうっとした顔でマンドレイクの鉢を見つめていた。
あんなのが、あと何本あるのだろうか…