第4章 欠けたはじまり
「行っておいで、チユ」
その言葉に、チユは思わず駆け出していた。
腕の中に飛び込むように抱きつくと、彼は驚いたように一瞬だけ固まって――それから、そっと、けれどしっかりと抱きしめ返してくれた。
「あまり、無理はしないで。何かあったら、すぐに手紙を」
「……うん」
彼の胸に顔をうずめたまま、チユはこっそり涙を拭った。
リーマスの匂いも、温かさも、鼓動も――全部、ちゃんと覚えておこうと思った。
やがて汽笛が鳴り響き、列車の出発の時間が近づく。
チユは名残惜しそうに体を離すと、リーマスは微笑んで、チユの髪をそっと撫でた。
「いってらっしゃい」
その言葉に、小さくうなずいて、チユはトランクを引いて列車に乗り込んだ。
チユが列車に乗り込んで座席を探していると、奥の方からどたどたと騒がしい足音が近づいてきた。
「いたいた、チユ〜!」
「お〜い、そこ空けとけー!」
声とともに、フレッドとジョージが現れる。
両手いっぱいに荷物とお菓子袋を抱え、すでに騒がしさ満点だった。
「なんだ、もうしんみりモード入ってたのか? 早すぎるぜ!」
「ほら、元気出せ!今年もホグワーツは俺たちが盛り上げるからな!」
無理やり空いている座席に腰を下ろしながら、フレッドがウィンクを投げる。
「さーて、今年はどんな騒ぎを起こそうかね、ジョージ君?」
「まずは列車でチユの荷物にこっそり爆竹を仕込むのが恒例行事だろ?」
「えっ、やめてよ!」と、チユが本気で言うと、2人は声をあげて笑った。
「冗談だよ〜。……でもまあ、用意はしてあるけど」
3人の笑い声が、コンパートメントいっぱいに広がる。
外の風景がゆっくりと動き始めた。
チユは窓から身を乗り出して、ホームに立つリーマスに手を振った。
彼も小さく、けれどしっかりと手を振り返してくれる。
その姿がだんだんと遠ざかっていくのを、チユはしっかりと目に焼きつけた。
笑い声に包まれながら、列車は少しずつ進んでいく――けれど、チユの中には、ちゃんと残っていた。
あの、朝の静かな時間。
あの、温かな手のぬくもり。
あの、小さな包みにこめた、言葉にならない気持ち。
それらすべてが、チユの背中をそっと押していた。
これからまた、新しい1年が始まる。