第1章 満ちる月、満ちない気持ち
孤児院は、鬱蒼と茂る草木に囲まれていた。
建物の窓という窓には格子が取り付けられ、まるで内と外を完全に遮断するような冷たさを感じさせる。
灰色の壁は雨風にさらされて斑になり、どこか無機質で、人の温もりというものがまるで存在しないかのようだった。
リーマスはその前に立ち、深く息を吸ってからチャイムを鳴らした。
やがて、扉がきいと軋みながら開く。
姿を現したのは、真っ黒なワンピースを纏い、雪のように白い髪をぴっちりと後ろで束ねた中年の女性だった。
表情には一切の柔らかさがなく、その立ち姿には規律と冷徹さが滲み出ていた。
「……どなたですか?」
女性の声は鋭く、まるで不審者でも見るような目でリーマスを見つめる。
「私は、リーマス・ルーピンと申します。チユ・クローバーという少女を……引き取りに参りました」
名乗ると、女性はあからさまに顔をしかめた。
「クローバーなら、もうここにはおりません」
「……は?」
リーマスは思わず問い返す。「どういうことですか? どこへ行ったんです?」
「知らないわ。とっくに追い出しましたから」
あまりにも冷淡な言葉だった。
彼女はそれだけ言い捨てると、まるで言葉の続きなど必要ないとでも言うように、無情に扉を閉めた。
ピシャリ、と木の重たい音が辺りに響く。
その後、何度チャイムを押しても扉が開くことはなかった。
リーマスはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがて孤児院の敷地を後にし、町へと向かった。
「幼い女の子を見ませんでしたか?長い金髪の……」
人通りのある道で、通行人1人1人に声をかける。
しかし、チユの容姿も詳しい特徴も知らぬままでは、誰かにたどり着けるはずもなかった。
薄曇りの空がいつの間にか濃くなり、にわか雨が地面を濡らしていく。
少女の姿はどこにも見えなかった。