第3章 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店
その瞬間だった。
ジニーの大鍋が宙を舞い、カン、と甲高い音を立てて床に落ちた。
なにが起こったのかわからなかった。視界の端で、アーサーおじさんがルシウスに跳びかかっていた。
「えっ――!」
ドン、と本棚に叩きつけられたマルフォイ氏の背中。
次の瞬間、重たそうな呪文の本が棚から崩れて、ドサドサとみんなの頭に降ってきた。
「チユ、伏せろ!」
誰かの声と同時に、背中に何かが覆いかぶさってきた。
視界の端に、赤い髪が揺れる。
ドサドサドサッ――!
本が落ちてくる音。分厚い背表紙が床に打ち付けられる音。
チユ無意識に目をぎゅっとつぶり、腕で頭を庇った。
だけど、痛みは来なかった。かわりに、あたたかい腕が肩を包んでいた。
「チユ、大丈夫だ、ほら、平気だから」
それはジョージの声だった。
そのすぐ隣では、フレッドが落ちてくる本を手で払いながら、ジニーの前に立ちはだかっていた。
「やっつけろ、パパ!」
フレッドとジョージが叫ぶ。
「アーサー、ダメ! やめて!」
モリーおばさんの悲鳴が響いた。
まるで呪文よりも強く、場の空気を引き裂いていく。
まわりの人たちがざざっと後ずさり、距離を取る。店内の本棚が大きく揺れて、1つ、また1つと倒れていった。
チリの舞う空気。パタパタと落ちてくるページの音。
「お客様、どうか、おやめを、どうか……!」
必死に止めようとする店員の声は、誰の耳にも届いていないようだった。
「ああ、こりゃいかん!」
ごうん、ごうんと床を揺らしながら、何か大きなものが近づいてくる音がした。
振り返ると、そこには本の山をかき分け、かき分け、力強く進んでくるハグリッドの姿があった。
「もう、やめとけ!けんかはよくねえ!」
低く響く声とともに、ハグリッドはたった一息で本棚の間を突っ切ると、アーサーおじさんとルシウスの間に腕を差し込み、あっという間に2人を引き離した。
力強く引き剥がされた2人は、それぞれよろめきながら後退した。
アーサーおじさんの唇からは薄く血がにじみ、ルシウスの目元には『毒キノコ百科』の角が命中したらしく、赤く腫れていた。