第3章 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店
「みんな!」
声がした方を振り向くと、人混みの向こうからアーサーおじさんが周りの人にぶつかりそうになりながら、こちらへ向かってきている。
「何してるんだ?ここはひどいもんだ。早く外に出よう」
「これは、これは、これは――アーサー・ウィーズリー」
その声を聞いたとたん、空気が変わった。肌の上に、氷の粉を撒かれたような感覚。
現れたのは、あの人――ルシウス・マルフォイ氏。
白金色の髪がきらりと光る。
ドラコの肩に手を置いて、まるで鏡に映ったような同じ薄笑いを浮かべて立っていた。
「ルシウス」
ウィーズリーおじさんは顔を正面に向けたまま、だけど首だけを傾けて、冷たく短く応えた。
「お役所はお忙しいらしいですな。あれだけ何回も抜き打ち調査を……残業代は当然、もらっているのでしょうな?」
嫌味だ、とすぐにわかった。口調は丁寧なのに、棘が刺さる。
そのとき、ルシウスの手が、ジニーの新しい大鍋の中へと伸びた。
一瞬で空気がぴんと張りつめる。
チユは動けなかった。
豪華な金箔の背表紙に手をやったかと思えば、ルシウスは、そこから使い古された本を引きずり出した。
『変身術入門』――表紙の角はすり切れ、背の部分にはひびが入っていた。
「どうもそうではないらしい。なんと、役所が満足に給料も支払わないのでは、わざわざ魔法使いの面目を保つかいがないですねぇ?」
言葉の意味をすべて理解できたわけじゃない。でも――屈辱、というものが、どんな味をしているのか、少しだけ分かった気がした。
アーサーおじさんの顔が、ロンやジニーのよりももっと赤くなっていく。
彼の拳がほんの少しだけ震えていた。
「マルフォイ、魔法使いの面目がどういう意味かについて、俺たちは意見が違うようだが」
声は低く、でも怒りを滲ませていた。
言葉の応酬のなかに、魔法より鋭い刃が隠されている気がして、心がざわざわした。
「さようですな」
ルシウスの目がわずかに動いた。
冷たい視線の先には、心配そうにこちらを見ているマグルのご夫婦――グレンジャー夫妻がいた。
ハーマイオニーの手をそっと握る、その姿に胸がちくりと痛む。
「ウィーズリー、こんな連中とつき合ってるようでは……君の家族は、もう落ちるところまで落ちたと思っていたんですがねぇ」