第3章 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店
緑の炎に包まれた瞬間、チユの視界はぐるぐると回り、世界がぐしゃぐしゃに引き伸ばされるような感覚に襲われた。目を開ける余裕もないまま、どこかへと引きずられ――次の瞬間、足元が硬い石の床に触れ、ぴたりとすべてが止まった。
「……っ!」
息を呑んで目を開けると、そこは見覚えのある古びたパブだった。
「……漏れ鍋……ちゃんと、着いた……!」
安堵で胸をなで下ろしたそのとき、背後の暖炉が再び燃え上がった。
「よっ、姫。ただいま到着!」
緑の炎の中から、フレッドが軽やかに飛び出してきた。
「うまく着地できたな、姫。今日は鼻に煤ついてないぞ」続けざまにジョージも現れ、ぱっと灰を払い落とす。
2人は肩をすくめながら楽しそうに笑い合う。
チユも思わず笑ってしまった。
しかし、次に現れたロンが暖炉から転がるように出てくると、その空気が一変した。
「ぶえっ……毎回これ、気持ち悪い……」
立ち上がってきょろきょろと辺りを見回したロンが、すぐにチユに目を向けた。
「ねえ、ハリーは? どこにいるの?」
チユは一瞬、口を開きかけて――それから、小さく首を振った。
「……まだ来てないよ……」
言った途端、心の奥に冷たいものがすっと落ちていった。
「えっ、でも、僕より先に行ったんだよ……」
緑の炎は静かに燃えている。だが、次の1人が現れる気配はない。
「まさか…違うところに飛ばされちゃったんじゃ……っ!」
チユはぱっと暖炉の前に駆け寄った。そこにハリーの姿はない。
粉の残り香がわずかに残るだけで、そこにはもう誰の気配も感じられなかった。
「ハリー……」
チユの声が、小さく揺れる。
「落ち着け、姫」
ジョージがそっと肩に手を置いた。
「そうそう、ハリーなら大丈夫さ。鼻がちょっとズレてても、本人が無事なら問題ないって」
フレッドが冗談まじりに言うけれど、その目は少しだけ心配そうだった。
それでも、チユは唇を噛みしめて、暖炉の奥をじっと見つめた。
(お願い、ちゃんと……ちゃんと、無事でいて)
暖炉の炎は、何も語らず静かに揺れていた。