第3章 フローリシュ・アンド・ブロッツ書店
モリーおばさんは、水曜日の朝早くにみんなを起こした。
「さあ起きて!ロンドンへ行くわよ!」
サンドイッチを一気に飲み込んで、みんなコートを着込んだ。
「フルーパウダー(煙突飛行粉)もだいぶ減ってるわね……」
モリーおばさんが暖炉の上に置かれた小さな植木鉢を手に取り、ため息をついた。
「今日、買い足しておかないと――さて、お客様からどうぞ。チユ、ハリー、どちらが先に行く?」
差し出された鉢の中には、エメラルドグリーンの粉がふわりと積もっていた。
「な、何をすればいいの?」
ハリーが戸惑った声を上げた。
「ハリーは煙突飛行粉を使ったことがないんだ!」
ロンがハッとしたように言った。
チユはその言葉を聞いて、ふと1年前の自分を思い出した。
リーマスに連れられて、初めてフルーパウダーを使った日のこと――
暖炉の前でぎこちなく立ちすくんで、火の中に飛び込む瞬間、目をぎゅっと閉じたあの感覚。
(怖かったな……でも、今はもう大丈夫)
「1度も使ったことがないのかね?」
アーサーおじさんが顔をのぞかせるように訊ねた。
「じゃあ去年は、どうやってダイアゴン横丁まで行ったのかね?」
「地下鉄に乗りました」
ハリーの答えに、アーサーおじさんの目がきらりと輝いた。
「ほう……! それは実に興味深い!地下鉄というのは、あれだね、あの鉄の箱の中を――」
「アーサー、その話は後にして」
モリーおばさんがぴしゃりと遮った。「ハリー、煙突飛行ネットワークは地下鉄よりもずっと速いわ。ただし、初めてだとちょっと怖いかもね」
「だったら、レディーファーストでいこうか」
フレッドが、どこか芝居がかった声で言った。
「姫、ささ、どうぞ。栄えある最初の1人に」
ジョージも膝を折って手を差し出す。
「2人とも……そういうときだけ紳士なんだから」
モリーおばさんがにっこり笑って鉢を差し出す。
チユは一瞬、手を止めた。
火の中に飛び込むあの感覚は、何度やっても慣れたとは言えない。
それでも、後ろに並ぶみんなの顔を見て、小さく頷いた。
「行ってくるね」
そう言って、チユは小さな手で粉を一握り、暖炉の中に入った。
粉をぱっと投げ入れながら、はっきりと声に出した。
「ダイアゴン横丁!」
緑の炎が燃え上がり、チユの姿は音もなく消えた。
