第17章 折れた杖と残されたもの
「……じゃが」
ダンブルドアが声を低め、わざと意味深に区切った。
「この危険な冒険に参加したにもかかわらず、やけに物静かな人物が1人いるようじゃな」
チユが顔を上げるより先に、視線の先に名指されたのは――
「ギルデロイ」
振り返ったハリーは目を瞬かせた。
すっかり存在を忘れていたロックハートが、部屋の隅にぼんやりと立っていたのだ。
曖昧な笑みを浮かべたまま、ダンブルドアに呼ばれると、自分の後ろを振り返って「誰か呼んだ?」という顔をしていた。
「ダンブルドア先生!」
ロンが慌てて口を開いた。
「『秘密の部屋』で事故があって……ロックハート先生は――」
「先生?」
ロックハートがきょとんとした顔をして首をかしげる。
「まあ、私って役立たずのダメ教師だったんでしょうねぇ?」
ロンは唖然とし、肩を落としながら説明する。
「……ロックハート先生が『忘却術』をかけようとしたら、杖が逆噴射したんです」
「なんと」
ダンブルドアは長い銀の口ひげを震わせ、愉快そうに小さく笑った。
「自らの剣に打ち負かされるとは、ギルデロイらしいのう」
「剣?」
ロックハートがぼんやりした声で言った。
「剣なんか持っていませんよ。でも、その子が持ってます」
そう言って、ハリーを指差す。
「その子が、銀を貸してくれるはずです」
ハリーは呆れ果てて口を閉ざした。
「……ロックハート先生を医務室へ連れて行ってくれんかね?」
ダンブルドアが静かに告げ、ロンの方を見た。
その瞬間、チユがすっと前に出た。
「私も一緒に行きます。あの人1人でロンに任せるのは……ちょっと不安」
「おや、そうか」
ダンブルドアの目がいたずらっぽく光る。
「では頼んだぞ、ミス・クローバー。あの男が途中でどこかに消えぬようにな」
「行きましょう、先生」
ロンがロックハートの腕を取る。
「おお、散歩ですか?素敵ですね!」
ロックハートは無邪気な笑みを浮かべながら、まるで自分が案内役かのように先へ歩き出す。
チユは深いため息をついた。
――記憶をなくしたロックハートは、役に立たないどころか、まるで子どものよう。
「ロン、途中で置いていきたくならないでね」
「もう、今すぐ置いてきたいさ」
2人は顔を見合わせて苦笑しながら、部屋を出ていった。