第17章 折れた杖と残されたもの
チユが血と泥にまみれたまま部屋に入ると、しんとした静けさが落ちた。
扉の前に立つチユとハリー、ロン、ジニー、そしてロックハート。
誰もが言葉を失ったように、ただその姿を見つめていた。
「ジニー!」
甲高い叫び声が響き、空気が震えた。
モリーおばさんが椅子を蹴るように立ち上がり、泣きじゃくりながら娘に駆け寄った。
すぐにアーサーおじさんもあとに続き、2人はジニーを抱きしめて離さなかった。
その光景を見ていたチユの肩を、突然温かい腕が包んだ。
「……チユ!」
モリーおばさんだった。
涙で濡れた頬のまま、娘を抱きしめた勢いで、そのままチユまでぎゅうっと抱き寄せてくれたのだ。
ふわりと漂う焼きたてのパンのような匂い、柔らかいニットの感触、そして何よりも、絶対に離さないとでも言うような力強い抱擁。
「――!」
言葉が喉につかえて出てこなかった。
胸の奥がじんと熱くなり、視界がかすんでいく。
母親に抱きしめられるということが、どんなに温かいのか。
どんなに安心できるのか。チユはそれを知らなかった。
知ってはいけないと心に蓋をしてきた。
けれど、モリーおばさんの腕の中は、ただただ温かくて、どうしようもなく心がほどけてしまう。
「よく……よく帰ってきてくれたわ」
耳元で震える声がそう囁いた。
その言葉に胸が熱くなり、チユは何も返せずにただ小さく頷いた。
「あなたたちがこの子を助けてくれた」
マクゴナガル先生の声が部屋に響いた。
「どうやって成し遂げたのか、ぜひ知りたいものです」
ハリーと目を合わせると、彼はためらいながらも前へ進み、組分け帽子とルビーを散りばめた剣、そして日記を机に置いた。
15分ほど、ハリーが一部始終を語った。
蛇の声を聞いたこと。
ハーマイオニーが謎を解いたこと。
クモを追って森に入ったこと。
マートルが犠牲者であったこと。
そして――トイレに秘密の入口があったこと。
その間、チユは何度も言葉を挟みたくなった。
けれど、ただ静かに耳を傾けるしかなかった。
杖を失った自分は、彼らの物語の端にいるだけのように感じられたからだ。
折れた杖の残骸をローブの中でそっと握りしめる。
乾いた枝のような感触が、胸の痛みをさらに深めた。