第16章 静寂の先に潜むもの
湿った床に、どさりと着地した。
ロックハートが呑気に帽子をかぶり直す間に、手洗い台はするすると元の位置に戻っていった。
「生きてるの?」
マートルが大きな目を丸くしてチユを見た。
「うん、生きてるよ」チユはまだ荒い息をつきながら答える。
「がっかりさせちゃった?」
「そんなにがっかりした声を出さなくてもいいじゃないか」
ハリーは、めがねについた血やべとべとをぬぐいながら、真顔で言った。
マートルは唇をとがらせ、そしてぽっと頬を銀色に染めた。
「……あたし、ちょうど考えてたの。もしあんたが死んだら、このトイレに一緒に住んでもらえたらうれしいって」
「ひぇ……」チユは目を丸くして後ずさった。
「マートル、それはさすがにちょっと……」
「うへぇ!」廊下に出た途端、ロンが声を上げた。
「チユ、聞いたか?マートル、ハリーに熱を上げてるぜ!ジニー、ライバル出現だ!」
「もう、ロンったら!」チユは慌ててロンの腕を小突く。
けれど隣のジニーは笑うこともなく、ただぽろぽろと涙をこぼしていた。
ロンは気まずそうに妹の背に手を回し、そっと支えた。
「……さあ、どこへ行けばいい?」
「先生のところだ」ハリーは指で示した。
フォークスが金色の光を放ちながら、廊下を先導していく。
湿ったトイレの臭いが少しずつ薄れ、暖かい光の差す方へと足が進む。
まもなく、彼らはマクゴナガル先生の部屋の前へと辿り着いた。
ハリーがノックをし、扉を押し開けた。
その瞬間、チユは胸の奥でぎゅっと折れた杖を抱きしめた。
これから何を言われるのか――不安と期待が入り混じる中で。