第16章 静寂の先に潜むもの
「目を覚まさない……?」
ハリーの表情は絶望的だった。
「その子はまだ生きている。しかし、かろうじてだ」
不意に響いた声に、チユは息を呑んだ。
薄気味悪い光に包まれた影が立っている。
整った顔立ちの15、6歳の少年の姿。
けれど、その瞳の奥にある冷ややかさは、どう見てもただの少年ではなかった。
「……リドル……?」ハリーが呟く。
トム・リドル。50年前にホグワーツにいたはずの人物。
なのに彼は、まるで時間を閉じ込めたかのようにそこにいた。
「君は……ゴーストなの?」ハリーの声はかすれていた。
「記憶だよ」リドルは静かに答える。
その姿の輪郭は、光のように揺らぎながらも確かに存在していた。
「日記の中に閉じ込められていた50年間の記憶さ」
リドルは、巨像の足元を指さした。
そこにはチユもよく見覚えのある黒い日記帳が、ぱたりと開かれたまま落ちていた。
「……なんでここに……」チユは思わず口にした。だが、もっと大切なことがある。
彼女は倒れたジニーの顔を見つめ、ハリーの必死の声を耳にした。
「トム、助けてくれないか」
ハリーがジニーを抱き上げながら、必死に訴える。
「ここから彼女を連れ出さなきゃ……バジリスクがいるんだ。どこにいるかわからないけど、今にも出てくるかもしれない。お願い、手を貸して!」
しかしリドルは動かない。
汗に濡れたハリーの額が揺れ、チユはすぐに彼の腕を支えた。
だが次の瞬間、2人の心臓が凍りついた。
ハリーの杖が消えている。
「……ハリーの杖、ない!」チユが青ざめて声を上げた。
顔を上げると、リドルが細い指で杖をくるくるともてあそんでいる。
口元に笑みを浮かべながら。
「ありがとう」ハリーは思わず手を伸ばす。
だが、リドルは渡さず、杖を弄ぶばかり。
「聞いてるの!」ハリーが声を荒げる。
チユも支えきれずにジニーを床に下ろし、鋭く叫んだ。
「返して!それはハリーの杖なの!」
リドルは目を細め、チユに視線を向ける。
その視線は何かを測るように、彼女の瞳に吸い寄せられた。
「……へえ。ずいぶん珍しい色の目だ」
チユの金色と真紅のオッドアイを見つめ、リドルの声は妙に愉快そうだった。