第14章 アラゴグ
「そのものは――わしらが恐れる、太古の生き物だ」
アラゴグの声が、再びくぼ地を満たした。
「だが、名は言わぬ!その名はわしらの口からは決して出ぬ!」
蜘蛛たちがざわめき、目の光がギラつく。
ハリーはそれ以上問い詰めることができなかった。
アラゴグはくぼ地の中央の巣へゆっくりと戻っていく。
だが、仲間の蜘蛛たちは違った。
四方からじりじりと、3人と1匹を取り囲み始めた。
「そ、それじゃ……帰ります!」
ハリーが声を張り上げるが、その声は自分でも信じられないほど弱々しかった。
「帰る?」
アラゴグが振り返り、低く笑うように言った。
「それはなるまい……わしらのまっただ中に、自ら足を踏み入れた新鮮な肉を、どうして見逃せようか」
ロンが情けない声を上げ、チユは顔面蒼白のまま、声にならない嗚咽を漏らした。
ハリーは震える指で杖に手をかける――だが無駄だと分かっている。
蜘蛛たちがいっせいに鞘を打ち鳴らし、黒い壁が迫る。
もはや終わりだ。
――その時だった。
斜面の上から、高らかな長いクラクションが響き渡り、眩いヘッドライトが闇を切り裂いた。
ウィーズリー家の車が、猛スピードでくぼ地へ突っ込んでくる。
ヘッドライトを輝かせ、クラクションを高々と鳴らし、巨大蜘蛛をなぎ倒しながら、車はハリーとロンの目の前でキキーッと停まった。
「ファングを!」
ハリーが叫び、前の座席に飛び込む。
ロンは必死でキャンキャン鳴くファングを抱え上げ、後ろの席へ押し込んだ。
だが、その瞬間――。
闇の奥からもう1匹、巨体の蜘蛛が跳びかかってきた。
鋭い足がチユのローブをかすめ、引きずり込まれそうになる。
「チユ!」
ハリーとロンの叫びが重なった。
チユは一瞬だけ目を閉じ、杖を強く握りしめる。
(炎なら追い払える……でも、ハグリッドの大切な“友達”を傷つけたくない)
次の瞬間、彼女は蜘蛛の無数の目をまっすぐに見据え、声を張り上げた。
「――リディクラス!」
白い閃光がほとばしり、蜘蛛の巨大な影がふるりと揺れる。
そして――。
チユの目の前で、蜘蛛は突如として馬鹿げた姿に変わった。
大きすぎる三角帽子をかぶり、足でぎこちなくタップダンスを踏みはじめたのだ。