第14章 アラゴグ
どれほど運ばれただろうか。
闇がふいに薄れ、木の葉を敷き詰めた地面が見え始めた。
そして――視界に飛び込んできたものは。
馬車馬ほどの巨体。
8つの目。
毛むくじゃらの肢。
――蜘蛛。蜘蛛。蜘蛛。
地面一面に、黒々とした巨大蜘蛛がうごめいていた。
「ひぃ……!」
チユは思わず顔を背けたが、どこを向いても蜘蛛、蜘蛛、蜘蛛。
捕らえていた脚がぱっと開き、ハリーが地面に落ちる。
続いてロン、そしてチユもドサリと投げ出された。
ファングは小さくうずくまり、声を出すことすらできなかった。
ロンの顔は、声にならない悲鳴で固まっている。
チユも胸の奥から叫び声がせり上がってくるのを、必死で押し殺した。
その時――。
「アラゴグ!」
耳を劈くようなカシャカシャ音が、蜘蛛たちの間から響いた。
名前を呼ばれて現れたのは、さらに大きな影。
闇を割って姿を現したそれは、胴体も脚も黒い毛に覆われ、ところどころ白く変色している。
盲いた8つの目が、濁った光をぼんやりと反射していた。
チユはその場に凍りついた。
震える手で胸元をぎゅっと押さえながら、目を逸らすこともできない。
「……なんの用だ」
低く掠れた声が、地響きのように広がった。
ハリーを捕らえてきた蜘蛛が答える。
「人間です」
「……ハグリッドか?」
「知らない人間です」
アラゴグは苛立たしげに脚を鳴らした。
「ならば殺せ。眠っていたのだ……」
「ぼ、僕たち、ハグリッドの友達です!」
ハリーが叫ぶ。その声は震えて、胸から溢れる心臓の鼓動と同じ速さだった。
周りの蜘蛛たちがいっせいにカシャカシャと鳴き、くぼ地の空気がさらにざわめき立った。
アラゴグが立ち止まった。
「……ハグリッドは一度も、このくぼ地に人をよこしたことはない」
8つの目を白濁させながら、ゆっくりと声を響かせた。
「ハグリッドが、大変なんです!」
ハリーが荒い息を吐きながら必死に言葉を絞り出す。
「大変……?」
年老いた蜘蛛の声に、ほんの僅かな気遣いの響きが混じった。