第14章 アラゴグ
しかし、ファングだけは違った。
ぶるぶる震えながら、車から必死に距離を取り、チユのローブに鼻先を押しつけて離れない。
「……ファングは気に入らないみたいね」チユは苦笑した。
「そうみたい」ハリーも息を整えながら笑った。
チユは杖を胸の前で下ろし、光を消した。
ようやく、心臓の鼓動が落ち着きを取り戻していく。
「僕たち、こいつに襲われると思ったんだ!」
ロンは安堵のあまり、車に寄りかかって優しくボンネットを叩いた。
「どこ行っちゃったのかって、ずっと気にしてたんだぞ!」
チユはまだ胸がどきどきしていて、震える指で髪を耳にかけ直した。
「……こっちは寿命が縮んだんだから。車に文句のひとつも言いたいくらいだよ」
ハリーは周囲をヘッドライトで照らし、クモの行き先を探そうとしたが、まぶしい光にクモたちはすでに散り散りに逃げ去っていた。
「……見失った」ハリーが呟く。
「また追わなきゃ」
「…………」
ロンが返事をしないことにチユは気づいた。
ハリーの後ろで、ロンは石のように固まり、目を見開いていた。
「ロン……?」
チユが呼びかける。
その瞬間――。
カシャッ! カシャッ!
大きな音と共に、ハリーの体が何かにわしづかみにされ、宙に持ち上げられた。
「きゃあっ!」
チユも思わず悲鳴を上げる。
ハリーが逆さまにぶら下がり、もがきながら闇に引きずられていく。
次いでロンの足も宙に浮いた。
「うわあああ!!!」
ロンは裏返った声を張り上げるが、すぐにその声も闇にさらわれた。
「やだ……離して!離してぇ!」
チユも背後から毛むくじゃらの何かに捕まれ、宙に放り上げられる。
杖を握りしめた手が滑りそうになり、必死で爪を立てた。
ファングの鳴き声が悲鳴のように響き渡る。
――闇の中を運ばれていく。
6本の巨大な脚。
その隙間に、自分の小さな体がすっぽり収まっている。
(……蜘蛛……!?こんな……大きさの……?)
喉が震え、声も出ない。
呼吸が荒くなり、胸が焼けつくようだった。