第11章 ポリジュース薬の完成
チユが廊下から戻ってきたとき、嘆きのマートルのトイレはしんと静まり返っていた。
薬の湯気もすっかり消え、石の床がわずかに冷えている。
「…ハーマイオニー、まだ出てこないの?」
個室のひとつからは気配があるものの、扉は閉じたまま。
チユはその前に立ち、そっと耳を澄ませた。
そのとき、不意に――
視界がふっと霞んだ。
両手の指先がしびれるように軽くなり、身体の奥から、何かがほどけていく感覚。
「あっ……」
ポリジュース薬の効果が、切れ始めていた。
指先から色が変わっていく。
ゼロの白く細長い手が、少しずつ、見慣れた自分の手に戻っていく。
冷たく澄んだ声の代わりに、自分の心音が胸に戻ってきた。
足の長さが縮み、視線が少しずつ下がる。
頬にかかる髪の質感も変わる。ゼロの漆黒の髪が、いつもの柔らかな金髪に戻っていくのを、チユは感じていた。
それは安堵であり、同時に、なにかを手放すような寂しさでもあった。
ゼロの仮面を脱ぎながら、今さっき交わしたマルフォイとの会話が胸をよぎる。
「チユ、戻ったのか!?」
バタバタと足音が響いて、トイレの扉が開いた。
ハリーとロンが駆け込んでくる。2人とも、すっかり元の姿に戻っていた。
「戻った! 薬が切れた……!」
「間一髪だったな……チユ、大丈夫か!?」
「うん……でも、ハーマイオニーが……」
チユが自分の手を見つめながら答えると、ロンがすぐに個室の戸に向かって歩み寄った。
「ハーマイオニー、出てこいよ! 僕たち、君に話すことが山ほどあるんだ!」
しばらくの沈黙のあと――
「帰って!!」
鋭くてかん高い声が中から返ってきた。
「どうしたんだ?」とロンが聞いた。「もう元の姿に戻ったはずだろ?」
そのとき、マートルがスルリと天井から現れ、個室の上を漂いながら、にやにやと笑った。
こんなに嬉しそうな姿を見るのは、初めてだった。
「オオオオオー……見てのお楽しみよ」
マートルはわざとらしく声を引き延ばして言った。
「ひどいのよ!とんでもなくひどいんだから!」
次の瞬間、ギギ……と音を立てて、個室のかんぬきが横にすべる。
扉がゆっくりと開き――
ハーマイオニーが姿を現した。しゃくりあげながら、頭のてっぺんまでローブのフードを引き上げている。
「ハーマイオニー…?」