第11章 ポリジュース薬の完成
チユはゼロの姿を保ったまま、足音をできるだけ静かに、視線を正面に固定してスリザリンの廊下を歩いていた。
(大丈夫。誰も、わたしだって気づいてない)
けれど、そのとき――
「おい」
背後から、低く鋭い声が飛んだ。
その声音には、無視を許さない力があった。
チユがゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは――
「……マルフォイ……」
ゼロの姿のまま、その名を口にした瞬間、喉がひどく乾くのを感じた。
「休暇で帰ってるんじゃなかったのか?」
マルフォイは腕を組み、動かずにこちらをじっと見つめている。
その瞳がわずかに細まっていた。警戒か、驚きか、それとも――疑念か。
チユには、その色を読みきれなかった。
「……そのつもりだったけど。予定が変わったんだ」
声は震えていなかったが、自分のものとは思えないほど冷たく、抑制された響きだった。
ゼロの声帯を借りているせいか、それとも――気づかれまいとする緊張のせいか。
「……ふん。久しぶりだな」
マルフォイは口の端をわずかに上げた。
「直接話すのは、去年のクリスマス・パーティ以来か」
チユの胸の奥がざわめいた。ゼロとして、マルフォイと話すのは初めてのはずなのに、まるで自分がゼロであることを許されたような、奇妙な錯覚を覚える。
「……あのときは、楽しかったね」
できるだけ自然に。言葉は絞り出すようにして口をついて出た。
だが、マルフォイはすぐに鼻で笑った。
「楽しかった?嘘をつくなよ。お前、毎年うんざりした顔で壁ばかり見てるじゃないか。ダンスも、まとも踊らずに」
チユは言葉を返せなかった。
「ところで、どうしてスリザリンのローブを着てるんだ?」
その問いに、チユの肩がほんのわずか、強ばった。
視線を逸らすわけにもいかず、ほんの一瞬だけ間を置いてから、答える。
「……えっと。誰かのと、間違えたみたい」
なるべく淡々と返したつもりだったが、ゼロの声を使っていても、自分の内側の動揺までは隠せなかった。
マルフォイは一拍おいて、ふっと小さく笑った。
「お前は、相変わらず抜けてるな」
その言い方に、責める色はなかった。ただ事実として、当たり前のように告げた言葉だった。