第9章 英雄と狂ったブラッジャー
泥のピッチを、4人でゆっくりと歩き始めた。
ロンがときどき「大丈夫か?」「気を確かに!」と声をかけ、ハーマイオニーはやけに真剣な顔で、「手当てされるまでが試合です!」と言い切っていた。
チユはその少し後ろから、そっとハリーの背中を見守っていた。
泥にまみれたローブ、傾いた肩、そしてぶらんぶらん揺れる腕――見ているだけでこっちが痛くなりそうだった。
「俺たちの棍棒が、もうちょっと長かったらな……」
ジョージがぼそっとつぶやいた。
「次は改造しとこう。あと、ロックハートが来ないようにする呪文もな」
フレッドの言葉に、ロンが「それ早く開発してくれ!」と即座に反応し、チユは思わずくすっと笑った。
けれど、そんな笑いも、医務室の扉を開けた瞬間に吹き飛んだ。
「まっすぐ私のところに来るべきでした!」
マダム・ポンフリーが雷のような声で怒鳴った。
4人はぴたりと動きを止めた。
ぶんぶんと振り回されるように、マダム・ポンフリーがハリーの右腕――いや、“骨の抜けた哀れな袋”を持ち上げる。
「骨折ならあっという間に治せます。でも、骨を一から“生やす”となると……時間も手間もかかるんです!」
「せ、先生……できますよね?」
ハリーがかすれ声で聞くと、マダム・ポンフリーはズイと顔を近づけてきた。
「もちろん、できますとも。でも、痛いですよ。とても、ね」
その一言に、ハリーの顔から血の気が引いていった。
「はい、これに着替えて」
バサッと投げられたパジャマをなんとかキャッチし、ハリーはロンの手を借りてゆっくりと更衣室のカーテンの中に入った。
ハーマイオニーとチユはその外で待機する。
「ハリー、これでもロックハートの肩を持つつもりか?え?」
ロンの声が、カーテン越しに聞こえてきた。
「頼みもしないのに骨抜きにしてくれるなんてさ!」
「誰にだって間違いはあるわ」
ハーマイオニーが少しむっとして返す。
「それに、もう痛みはないんでしょう?ハリー?」
「うん、痛みはないよ。そのかわり、感覚もないけどね」
ハリーの声は心なしか投げやりだった。
カーテンの隙間からチユがそっと覗くと、パジャマを着たハリーがベッドに寝転がり、骨のない右腕がぺたぺたとはためいていた。
まるで意志を持ってない生き物みたいに。