第9章 英雄と狂ったブラッジャー
チユは、気がつけば階段を駆け下りていた。ロンとハーマイオニーもすぐ後ろに続いてくる。
観客たちの足がわらわらと動き始める中、チユは泥にぬかるむ地面を走った。
「道あけて!どいて!」
ロンが人ごみをかき分け、先頭を突き進む。
ハーマイオニーはスカートの裾を気にすることもなく、ぬかるみに足を取られながらも懸命に走っていた。
チユも、ただ必死だった。
ぐちゃぐちゃの地面に靴が沈んでも、すべって転びそうになっても、構わなかった。
ようやくハリーのそばまでたどり着くと、彼は泥まみれのピッチに横たわり、目を閉じていた。
右腕はありえない方向に曲がり、びしょ濡れ、顔にも泥が飛び散っている。
「ハリー……っ!」
チユがしゃがみ込もうとしたとき、すぐ横でロンが顔を真っ青にしていた。
「これ、ヤバいよ……腕が、完全に……」
「意識は?意識はあるの!?」
ハーマイオニーが肩を揺らすように呼びかけたが、ハリーは応えなかった。
チユはそっと、ハリーの折れていないほうの手を握った。
ほんのり温かくて、小さく震えていた。
「……大丈夫、大丈夫だよね……?」
震えていたのは、自分の手かもしれなかった。
そのとき、泥の中から現れたように、ロックハートがずいっと割って入ってくる。
「ハリー、心配するな!この私が君の腕を――」
「やめて!!」
チユ、そしてロンがほぼ同時に叫んだ。
「本当にやめてください!ハリーに触らないで!」
チユがいつになくきっぱり言い切る。
ロックハートが「失礼だな君たちは」とブツブツ言いながら引っ込んだその後、双子が駆け寄ってきて、泥だらけのハリーのそばにしゃがみこんだ。
「おい、ハリーは……」
ジョージの声には、いつものふざけた調子はなかった。心配が、そのまま声になっている。
そのとき、ハリーのまぶたが、わずかにぴくりと動いた。
「……う……」
「ハリー!!」
ロンが声を上げ、チユは胸の奥がドクンと跳ねるのを感じた。
ハリーが、泥だらけの顔をしかめながら、うっすらと目を開けた。
「なんか夢、見てた気がする……」
「夢じゃないよ、天才くん。あんた、箒から落ちて泥にダイブした」
ジョージが苦笑まじりに言った。
「しかも右腕がぐにゃっとね」
フレッドが指でぐにゃりとカーブを描いてみせる。