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ハリー・ポッターと笑わないお姫様【2】

第9章 英雄と狂ったブラッジャー



「もう、見てられないよ……」

チユは、唇をぎゅっとかみしめた、その時。


ハリーがちらっと振り返って何かを見た。
マルフォイ。……いや、そのすぐ上、金色に光るもの。スニッチだ。


「見つけた……!」チユは思わず息を呑んだ。


けれど、ハリーは飛び込まなかった。目の前のスニッチに向かって突っ込む代わりに、なぜか動かない。
――理由はすぐにわかった。マルフォイに気づかれたくなかったのだ。


その一瞬だった。


バシッ。


乾いた音が、雨の中でもはっきり聞こえた。
ハリーが――叩かれたように体を大きく傾け、右腕をだらんと垂らしていた。


「うそ……」
チユの胸がぎゅっと縮んだ。

ハーマイオニーが「きゃーー!」と叫ぶ。


雨が、冷たいはずなのに、なんだか体中がカーッと熱くなっていた。
ブラッジャーはなおもハリーに突進していく。

こんなの、誰がどう見ても「事故」じゃない。


(お願い、もうやめて……)


フレッドとジョージが空で何か叫んでいる。
でも、もう誰にも止められない。

ハリーは、片腕だけで箒にぶら下がりながら、痛みに顔をしかめ、それでも目だけはまっすぐ、マルフォイのほうをにらんでいた。


そして、空を切り裂くような速度で、マルフォイのほうへと急降下した。


マルフォイの目が見開かれる。恐怖で引きつる顔。


「い、いったい……!」


マルフォイが逃げるように箒を切るのと、ハリーがスニッチを掴むのは、まるで同時だった。

ぐしゃっ――泥が大きくはね上がり、次の瞬間、ハリーはピッチに叩きつけられた。


「ハリー!!」


チユは叫んでいた。叫んだつもりだった。
でも、自分の声が雨にかき消されているのか、それとも震えて出ていなかったのか、わからなかった。


ハリーは泥の中に転がっていた。腕はおかしな方向に折れ曲がり、顔には雨が落ちている。
それでも、折れていないほうの手には、金色のスニッチが、しっかりと握られていた。


「勝った……」
そうつぶやいたハリーの声を、チユは確かに聞いた。
そして、彼はそのまま意識を失った。
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